SIDE 士郎

 

穂群原学園 2−C教室 昼休み

 

普段ならざわざわと騒がしい教室もここ最近、ある一角ではそんなことがない

その原因は俺の目の前にあった。

 

「なあ、空戒、今日はなんなんだ」

「む?サンドウィッチ・・・・・だと思う」

 

かなり自信なさそうだがその気持ちはよく分かる。

今俺と空戒の前にあるソレは黒いパン?の間に紫色の何かと

かろうじてレタスと判別できるしなびた緑色

そして微妙にはみ出した黄色い何か。

それぞれが何か妖気の様なものを発しているように見えるが気のせいだろう。

これを始めて見たとき一成は念仏唱えてが気にしない。

というよりだんだんこれになれ始めた自分が嫌だ。

 

「いるか?」

「いらん」

 

そうか、と言って普通にソレを食べ始める空戒。

 

・・・・・・・・奴は化け物か。

 

そうこうしている間にみるみる空戒の弁当箱から黒いヤツラが駆逐されていく

その様はまさに何でも吸い込む星の人、たとえ無機物だろうと有機物だろうと

喰らい尽くすピンクの悪魔。

しかしこいつの場合はそれをさらに上回る異生物のようにに見える。

 

「おまえ、そんなのがっか食ってて舌とか胃は大丈夫なのか」

「何を言う、元は生で食えるものしか使っていないんだ、食えないことはないだろう」

 

消し炭になったら食えるものも食えないと思う。

 

「それに、どんなに不味かろうが腹に入ればどうにかなる」

「それは料理人全員に対する挑戦か」

 

こいつ、いつか絶対今の言葉を訂正させてやる。

そんな少しの間目を離したとたん既に黒いヤツラが全滅していた。

 

「さて、衛宮、折り入ってお前に頼みがある」

「お前、全部食ったのか、大丈夫なのか、胃とか」

「今日の放課後、時間があれば弓道場の掃除を手伝ってほしいんだが・・・・」

「無視か!?」

「頼めまいか」

 

この野郎、絶対にわざとだ。

人の話を無視した上にあの目は

『お前なら絶対に断らないよな衛宮、寧ろ拒否権なぞ無い』

と、口以上に雄弁に語っている。

 

「まあ、別に今日はバイトないし構わないけど、弓道場の掃除なら

何もお前だけでやるわけじゃないんだろ?」

 

そんなに手が足りてないのか?

 

「ああ、本当なら俺の他にあと4人ほどいるんだがその内の3人が1年の女子でな

最近は何かと物騒だから早めに帰そうかと思ってな」

 

そういうことか、確かに最近は十字架担いでハーレーに乗りながら若い男を襲撃する神父とか

青い全身タイツを着た変質者とか、他にもいろいろいるな・・・。

まあ、実害があったのは殆どないみたいだから警察も動いてないみたいだけど。

それにしても最近になって変なのが急に増えたな、まだ春じゃないってのにな。

 

「あ、だったら残りの一人はどうなんだ?」

「ああ、それならお前のことだから」

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

「なんでさ?」

 

俺はもう弓道部は辞めたはずだ、なのになんで俺がローテーションに組み込まれてるんだよ!

おかしいだろそれ!!

 

「詳しいことは藤村に聞け、俺の時もそうだったが全ての元凶はヤツだ」

「藤ねぇ・・・・」

「今なら職員室にでもいるだろう、返事は放課後までに聞かせてくれればいい

ま、答えはわかってるけどな」

 

チクショウ・・・・・

何も言い返せないのは悔しいが自分でも解っているのが余計に悔しい。

 

「行ってくる・・・」

 

ん。とだけ返事をして空戒も席を立ってどこかへ行ってしまった。

だがそんなことどうでもいい、今は藤ねぇだ、あの虎どうしてくれようか。

 

 

 

穂群原学園 弓道場 放課後

 

「で、お前がここにいるってことは無駄だったってわけか」

「うっさい」

 

あの後藤ねぇに直談判に行ったのだが結局

 

『本当は荒耶くんと間桐くんの二人だったんだけど間桐くん入院しちゃったから

代わりに士郎、荒耶くんと一緒にお願いね〜』

 

とか

 

『荒耶くんが戻ってきたからついでに士郎も〜なんて』

 

なんて言うもんだからさすがに頭にきた

藤ねぇには三日間食事から一品減らすことを宣告したが

 

「まあ、手伝うのはいいけどさ、なんかこの弓道場よく見ると細かいところとか

妙に汚れてないか?」

「流石は主夫だな、目の付け所が違う。

いかにも、当弓道場はここ最近どこぞの海草がさぼってくれたおかげで随分と汚れている。

それを今回は二人だけ、時間は無制限で行うことになった。例え日が沈もうが昇ろうが

終わるまでは帰れんと思え」

 

 

鬼だ、ここに鬼がいる・・・・・

 

 

だがまあ、俺も気になってしまったからには最後までやらなければ気がすまない

こういう変なところで同じ考え方をするあたりが気が合う理由だろうな。

 

「さて、始めるか。衛宮は床のほうを頼む、俺は窓とその周辺から始める

終わったら手伝う、先は長いぞ・・・・」

「了解」

 

最低でも後二人はほしいが無いものねだりをしても仕方がない。

さてと、やるか・・・・。

まずは雑巾がけか。

普段多くの弓道部員がいるこの弓道場も男が二人だけだと随分と広く見えるな。

くそ、藤ねぇに無理やりにでも手伝わせりゃ良かった。

 

「衛宮、何を考えているか知らんが今は何も考えるな、ただ無心に手を動かせ」

「おう」

 

結局、この後弓道場の掃除が終わったのは最終下校時刻など今は昔だった。

 

 

穂群原学園 校庭 深夜

 

空戒と二人で掃除をしてみて気が付いたことがある。

あいつは一度気にしだしたら徹底的にやるヤツだということは前から知っていたが

まさかあそこまでやるヤツだとは思ってもいなかった。

「少し解れてるからって一度巻き藁を解くなんて何考えてるんだあいつは・・・」

あいつ絶対作文とか論文に誤字が一文字あっただけで回収するようなヤツだ。

ってか絶対にそうだ。

ぶつぶつと先ほどまで一緒に掃除をしていた友人に文句を言いながら

帰ろうとしたその時、妙な音が聞こえた。

その音は鍛えられた鋼と鋼がぶつかり合う音に似ていた。

テレビなどでは良く聞く音だが普段こんな音がこんな場所で聞こえるはずのない音だ。

何処からだ?

耳を澄ましてみるとすぐに分かった。

校庭か・・・

怖いもの見たさというものか、俺はその音に引き寄せられるように校庭へと向かった。

 

 

穂群原学園 校庭 深夜

 

なん、だこいつ等は・・・・

目の前には先ほどの音の発生源たる二人の男が赤い槍と白と黒の剣を持って対峙していた。

しかし、その動きは人間のものとは思えない、否、既にヒトの域ではない人外の領域。

青い男が赤い槍を息つく間もなく突き、薙ぎ、払う

それに対し赤い男は左右の剣でいなし、受け、弾く

おかしなことに赤い男の剣は何度も弾かれているというのにそのつど

新しい剣が握られている。

永劫に続くと思われたその剣戟の嵐も唐突に終わりを告げる。

二人の男がお互いに間合いを取る。

青い男がその手に持ったやりを下段に構えた時、周囲の空気が変わった。

凄まじいまでの殺気に周囲の空気が凍りついたようだ。

対峙していないにも拘らずまるで蛇に睨まれた蛙の様に。

猟犬の前の兎の様に震えが走った。

 

「誰だ・・・!!」

 

見つかった!!

 

不味い、このままじゃ間違いなく殺られると本能が告げる。

俺はその本能に従って校舎の中へと駆け込んだ。

 

 

穂群原学園 廊下 深夜

 

ハァ・・・ハァ・・ハァ・・

呼吸が落ち着かない、心臓が破裂しそうなほど脈打っている。

普段ならこれぐらい走ったからといってこんなに疲れることはないのに

原因はやはり先ほどの男の放った殺気によるものだ。

今までの人生の中で殺気を向けられるようなことはなかった。

ましてやあれほどの殺気を味わったことなど。

 

「・・・っくそ、ほんとに、何、なんだよ、あいつ等は・・・」

 

分からない、だけど今はそんなことより・・・・!?

 

「誰だ、アンタ・・・」

 

何時からそこに居たのか、俺の目の前の通路にスーツを着た人影が立っている。

普通こんな時間に学校に用事のあるヤツは居ないはずだ。

となれば選択肢は自然と少なくなるが今この場での答えは一つだけだ。

 

「さっきの奴等の仲間か!?」

 

くそっ!早く逃げないと不味いッ・・・・!?

殆ど動物的な勘でしゃがみ込んだがそれが功を奏した。

風が頭上を通り過ぎ一瞬後に横の窓ガラスが砕け散った。

それを確認する間もなく床を這うように来た道を駆ける。

 

「うわぁあああああ!!」

 

何か声が聞こえたような気がしたがそんなもの確認している暇はない。

今はともかくここから逃げないと、外は駄目だ、まだあいつ等が居るかもしれない

どこかの教室に隠れるか?駄目だ、そんな余裕はない、なら屋上は、駄目だ

逃げ場がなくなる、くそッ!!

 

「何時までそうしているつもりですか?」

「な!?」

 

そんな!さっきまで後ろにいたはずのスーツの人影、声からすれば女性だが

そんなことはどうでもいい、何でさっきまで後ろにいたはずなのに・・・・!?

床には無数のガラス片が落ちている、そして隣の教室にも見覚えがあった

 

「そん、な、なんでだよ、俺は真っ直ぐ逃げたはずなのに・・・・」

「単純なトリックです、ガラスを割ったときに貴方の意識に介入した」

「アンタ魔術師か!?」

「なにを今更、貴方も魔術師でしょう?それも聖杯戦争に参加している。

一般人ならば記憶を消すだけで終わらせるつもりでしたが魔術師ならば話は別です」

 

少々話しすぎましたね、そういって女魔術師は手袋を付け直しながら一歩ずつ迫ってくる

コツ、コツと靴が廊下を叩く音が酷く大きく聞こえる、逃げようとしても足が動かない

女魔術師との距離は僅かに5メートル、一歩一歩死が向かってきている

心臓が破れろとばかりに脈打ち体中の血液が轟々と音を立てて流れる

極度の緊張と恐怖で視界が狭まってきた、全身に嫌な汗が噴出している

くそ!動け、動けよ!!

 

「せめて一瞬で・・・・ッ!?」

 

ドンッと衝撃が前の女魔術師ではなく背中から胸に抜ける。

初めのうちソレが何かは分からなかった。

真っ赤に染まったソレは普段良く見慣れているもの、しかし決してそこには無い物だ。

ソレは人間の手だった・・・・・・。

 

 

穂群原学園 廊下 深夜

 

ん・・・・何処だ、ここ

確か、今日の昼休みに空戒に弓道場の掃除の手伝いを頼まれて。

んで、放課後に二人で徹底的に掃除して、その後は・・・・・!?!

 

「何で、俺、生きてるんだ?」

 

カランッと何か硬いものが落ちる音が聞こえた。

その音のもとを拾ってみるとペンダントのようだがそれについている宝石は輝きを失っている。

 

「何だ、これ?」

 

誰のだろう、さっきは気が付かなかったがここに落ちていたのだろうか。

まあ、明日藤ねぇに渡しとけばいいか。

ペンダントをズボンのポケットにしまい立ち上がり周りを見ると

 

「なんじゃこりゃ・・・・・」

 

俺がさっきまで倒れていた廊下は殺人現場のように血まみれ

それだけなら雑巾で拭けば大丈夫だろうが

 

「何があったんだ、いったい」

 

周囲のガラスがさっきよりも多く割れ、教室の壁がぶち抜かれている。

・・・・・よく無事だったな、俺・・・・・・って!

そうだよ、何で俺無事なんだよ!確か手が胸から生えて・・・・

 

「あれ、服が破れてるのに傷がない・・・」

 

それに廊下に盛大にぶちまけられているのが俺の血なら確実に致死量だろう

出血のはずなのになんで俺は生きてるんだよ。

 

「まあ生きてるんだからいいか」

 

分からないことは幾ら考えても分からない

とりあえずここは自分のと思われる血を掃除してさっさと帰ろう。

うん、俺は今日はここにいなかった、そう思おう。

人間とは都合がいいつくりをしているのか一度思い込んでしまえば

短い間だけでも現実逃避で自分を保っていられるんだな〜。

 

10分後

 

さて、血の跡は無事にきえたっと、なんか殺人現場の証拠を消してる犯人みたいだけど

そんなの見てるやつは居ないから気にしない、だが。

 

「これは、どうにもならないよな・・・・帰るか」

 

割れた窓ガラスとぶち抜かれた壁をそのままに俺はいそいそと帰路についた。

 

 

衛宮邸 深夜

 

こういう時に誰も居ない家というのはいいものだと思う。

もし家に桜か藤ねぇが居た場合を考えるととてもじゃないが言い訳が思いつかない。

 

「どうするかな、この制服」

 

胸と背中に穴が開いているため確実に修復は不可能だ。

おまけにズボンまで血で赤黒く染まってしまっている。

とりあえずゴミとして捨てたら怪しまれるからな、今度焚き火でもして一緒に燃やすか。

・・・・・・・なんか、本当に殺人犯の心理になってきたな、俺。

それより早く着替え・・・

 

ゾクッ!

 

獣のような勘でとっさに体を前に投げ出すと

さっきまで俺が居た場所に幾つもの刃が突き立っていた。

 

「う、え?なんだ、これ」

「面白い、まるで獣だな貴様は」

 

部屋の隅、今まで誰も居なかったはずの空間に金色の鎧を着込んだ女が居た

誰だ、なんでここに居る、結界は何も反応しなかったのに。

 

「ああ、あの結界か。あれなら既に沈黙しているぞ、なんとも貧弱だったがな」

 

まるでこちらの考えを読んだかのような答えだった。

だけどそんなことはどうでもいい、何か武器になりそうなものは・・・・・あった!
        
   ワタシ
「そんな紙切れで我と戦おうとでも思っているのか雑種」

そんな紙切れ、藤ねぇが前に置いていったポスターだ、だけどこれが強化できれば。
       
 トレース オン
――――同調、開始」                                                                                                                                 

「ん?、何をするのか分からんが面白そうだ、待ってやる」

 

何かをいっているがそんなことはもう耳に入らない。

既に撃鉄は引かれている

 

――――構成材質、解明」

 

ポスターの隅々までの構造を解析し

 

――――構成材質、補強」

 

全体に魔力を流し込んで補強する。

いつもならここで失敗してしまうが手応えはいつもと違って確りとしたものだった。
        
   トレース  オフ
――――全工程、完了」

 

出来た・・・!

 

「魔術師か、なるほどならば納得だ」

 

よし、これさえあれば後、は・・・

目の前に広がるのは刃の群・・・・

 

「どのような手段でもって甦ったのか知らんが完全に潰れた状態から甦れるか試してやろう」

 

反則だ・・・・・

こんなの相手に強化したポスターではどうにもならない。

くそ、こうなったら一か八かだ・・・!

ガラス戸を開けるのももどかしくポスターで叩き割って庭、正確に言うならその先にある

土蔵に向かって一目散に逃げ出す。

 

「まったく、往生際の悪い・・・」

 

などと言いながらゆっくりと庭に出てくる金鎧の女

その背後には今も刃の群が主人に付き従う従者の様に浮いている

一刻も早く逃げ出したい、そんな思いで必死に足を動かす

しかし、足はすくみあがってしまったせいか縺れてしまい倒れそうになった

結果、それまで頭があった空間を剣が通り過ぎるのを見ることになった。

 

「運のいい奴だ、それとも本当に貴様は獣か?」

 

苛ついているのか楽しんでいるのか

そのどちらでもあるのだろう声を背中に聞きながら土蔵へと駆け込んで鍵を閉める。

気休めかもしれないが心理的には幾分いい。

 

「くそ、何か、何かないか・・・・」

 

普段は藤ねぇの持ってくるガラクタや俺の拾ってくるもので埋まっているが

もともとは親父の工房のようなものなのだから何かあるんじゃないか

そんな一縷の希望も持っていたが結局僅かな希望は絶望を大きくするだけだった

 

「くっそ・・・!このままじゃどうにも・・・!!」

 

ガンッと何かが土蔵の戸を叩く音が聞こえた

いよいよ覚悟を決めないといけなくなったか

一撃ならどうにかポスターを広げて盾にすることも出来るかもしれないが

何せあの量だ、一撃受け止めたからといってそれがどうしたといわんばかりに

次々と襲ってくるのは目に見えている。

ならせめて一矢報いるか?無理だな、少なくともこんなポスターじゃどうにもならない。

戦車でもあれば別だがあいにくそんなものはないしあったとしても使えない

そんなことを考えているうちに二度目の叩く音が聞こえた

来る!!

とっさにポスターを広げて防ぐもポスターはあっけなく突き破られもとの紙となり

衝撃を殺せずに土蔵の床に叩きつけられた。
         
            ワタシ
「まったく、二度ならず三度までも我の攻撃をかわすとは驚いたぞ、やはりお前は獣だな」

 

呆れた、とでも言いたそうな顔で言われてもなんともいえない

くそ、万事休すか・・・・・

 

「だがいい加減獣相手も飽きた・・・・」

 

今度は刃は唯一つ、しかし必中の一振り

くそ、これじゃもう終わり・・・・・

 

「さらばだ、我の手に掛かって死ねることを光栄に思えよ雑種」

 

刃が確実に心臓の真上に向かってくる

あれが刺さればどうなるのかは分からないが刺さった場合はどうなるのかはよく知っている

それはついさっきにも味わった。

それが人の手か剣かの違いだ。

 

 

ふざけるなよ、何で終わらないといけないんだ

冗談じゃないぞ、いい加減にしろ!

こんな所で死んでたまるか!

 

ちくしょうーーーーー!!

 

そんな叫びに答えるかのように

カッ!と辺り一面に光が充満したかと思った次の瞬間には

ぎいいん、と金属と金属が噛み合う音が聞こえた。

 

「ちぃ!七人目のサーヴァントだと!!」

 

この場は不利と思ったのか金鎧の女は土蔵から飛び出していく。

その女を全身で威圧するかのように立っている見知らぬ少女

 

「問おう」

 

少女はその宝石のような目でこちらを見つめている

 

―――貴方が私のマスターか」

 

何のことかは分からないが唯一ついえることは

俺は少女に見惚れていた。

 

 

 

 

 

つづく・・・

 

空戒 SIDEへ・・・