水槻青那に両親はいない。この家で一人暮らしをしている。

一人暮らしをしている以上、食事などは当然一人でとることになる。はずなのだが、何故か毎朝綾瀬と朝食をとっている。

綾瀬の家はこの家から百メートル程度の距離なので、毎朝青那の家に来る事はそんなに難しい事ではない。

しかし、何故わざわざ青那の家に来て朝食をとるのか。以前、青那が聞いてみたところ、

「だって、一人で食べるご飯は寂しいでしょ?」

という返事が返ってきた。それはその通りだったので、青那にも異論は無かった。

もとより大家の娘である綾瀬を追い返す事など出来ないし、それとは関係無く青那にとって綾瀬は大切な”家族”だ。

”家族”と食事をする事に否があるわけも無く、青那は毎朝2人分の朝食を用意し続けている。

 

 

リビングに、テレビの音と綾瀬の元気な声が響く。

青那は食事中に喋ったりしないので、喋っているのはもっぱら綾瀬一人だ。

テレビの音をBGMに綾瀬が喋り、青那はそれに時々相槌をうつ。いつもどおりの食事風景。

しかし、綾瀬は違和感を感じた。

自分が喋り、青那が相槌をうつ。これはいつもどおりだ。食事もいつもどおりおいしい。なら、何がおかしいのか。

答えは一つ。青那だ。

目の前の少年が食事中に喋らないのは何時もの事だが、今日は何時も以上に静かだ。

なんだか心此処に在らず、といった様子を見せている。時々うつ相槌も、こちらの言葉に反射的に返しているだけといった感じだ。

「セイ、東京でゴジラとウルトラマンが喧嘩して、東京タワーが逆さになったんだって」

「…うん」

重症だ。綾瀬はため息をついた。

普段からぼーっとする事が多かったが、ここまで酷くは無かった。一体どうしたのだろうか。

(あ、箸まで止まった)

最早食事の手すら止めて、微動だにしない。

(ほんとにどうしたのかしら?)

原因を究明するべく声をかける。

「セイ、大丈夫?」

 

 

いつもどおりの朝食の中、青那はこれから自分の取るべき行動を考える。

昨夜、自分は銃で撃たれた。幸いにして怪我はしなかったが、この日本で銃で撃たれるなんていうのは、どう考えても異常事態だ。

いっそ夢だったと思いたいが、ポケットに入っている質量がそれを許さない。

ならば、せめて人違いならと願うが、それもない。

昨夜の少女は青那に名を確認した。名指しで襲われた以上、彼女の狙いは青那で間違いないだろう。

なら、どうするか。ベストな選択肢は、警察に行くことだろう。銃弾という証拠がある限り、門前払いということは多分無いはずだ。

しかし、果たしてそれで解決するのだろうか。

例えば何人かの警官と一緒にいたとしても、あの少女の腕ならば問題になどならないだろう。

(むしろ人前で”力”を使えない以上、マイナス面のほうが大きい。それに――)

「セイ、大丈夫?」

そこまで考え、聞きなれた声に思考を中断する。目の前には、心配そうに眉を下げた少女の顔。

「…え?」

「え、じゃないわよ。さっきからぼーっとして。……なにかあったの?」

どうやら思考に没頭するあまり外界への対処がおろそかになっていたらしい。

綾瀬の声に心配そうな響きが混ざっている。

「ううん。昨日、バイトがちょっと忙しくて。まだちょっと頭が眠ってるみたい」

青那の答えに納得したのか、綾瀬の表情が元に戻る。

「そ、ならいいんだけど。…あんまり無理しちゃダメよ?」

「うん、分かってる。そんなに無理してるわけじゃないから。昨日は特別忙しかっただけだし」

そう答えながら、青那は思う。

(警察に行けば、アヤセに心配かけちゃうだろうなぁ。心配かけるのは嫌だし、やっぱり警察に行くのは駄目かな。

 …心配かけるくらいなら、いっそ自分で何とかしよう。幸い僕にはそれが出来るだけの”力”がある)

もちろん恐怖はある。他人と喧嘩した事もない青那にとって、銃をもった人間は恐怖そのものだ。

しかし、それでも、

(”家族”に心配かけるよりはましだ)

故に、青那は自分の力のみで何とかする事を決意する。それが後に何を意味するのかを知りもせずに――。

 

 


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