――GOTHR――

The guardian of the human race.

人類の守護者と名付けられたその組織は、世界規模で活動している。

その活動内容は、数多の“人外”から人類を守ることである。
ワーウルフ ヴァンパイア 
 人狼、 吸血鬼、 妖怪といった空想上の存在とされているもの。あるいは、人々に知られることの無い名状し難きもの。

そういった人類に対する脅威に対応するために、世界各国の協力の下創られた組織。

 

「それが私達GOTHRです」

「は、はあ……」

センリの説明に対し、青那はわかったようなわからないような曖昧な返事を返した。

「信じられませんか?」

「え、えと……、まあ、そうです」

いきなり人類の守護者とか言われても、はいそうですか、と納得は出来ない。それに、

「今の説明だと、何で僕が、その……、殺されそうになったのかがわかりません」

そう、今の話では青那が殺されそうになった理由が説明できていない。

たしかに、異能を生まれ持ったCETPである青那は危険な存在である。

だが、それが理由ならもっと早くに殺されているはずなのだ。

青那は別に隠蔽工作などしていない――というか出来ない――ので、人類の守護者などという大きな組織にならば

とっくの昔に見つかっているはずだ。

今まで偶然にも見つかっていなかった、などとは到底考えられない。

おそらく、見つけた上で放置してあったのだと思う。

なのに何故、今更殺しに来たりするのだろうか。

「それに関しては、申し訳ありません。こちらのミスです」

「え……、ミ、ミスって、どういうことですか?」

「昨夜、青那さんの住んでいる御影市で殺人事件が起きたことは知っていますか?」

「殺人事件……?」

そういえば、昼食の時にそんな話題が出た記憶がある。

「たしか、銃で撃たれていたとか……」

「ええ、表向きはそういうことになっています。ですが、事実は違います」

「え……」

「遺体に銃で撃たれたかのような穴が開いていたのは確かです。ですがもう一つ、重要な情報があります」

ごくり、とつばを飲み込む。緊張のせいか、やたらとのどにひっかかる。

「遺体に開いた穴。その周りの皮膚に、何故か凍傷があったそうです」

「!?」

銃で撃たれたかのような穴。その穴の周りに凍傷。それはつまり、

「……氷で、貫かれた、ということです、か?」

「そうですね。その可能性が極めて濃厚です」
               CETP
「そして、現場の近くには、僕が住んでいた」

「そうです。青那さんには殺人の第一級容疑がかけられ、条件付でT指定がかけられました」

「……」

疑われるのも無理はなかった。

ほぼ確実に氷を使って行われたであろう殺人。その現場と同じ市に住む“氷”に関係する異能力者。

疑うなと言う方が難しいだろう。

もちろん青那はやってはいない。だが、青那の立ち位置は限りなく黒に近いのだ。

「……けど、僕は、やっていません」

「ええ、それはわかっています。いえ、わかった、と言った方が正しいでしょうか」

「え……?」

センリの言葉に目を瞬かせる青那。

(そういえば、さっきT指定が解除されたって言ってたけど……)

何故そうなったのかがさっぱりわからない。

青那ほど怪しい人物は他にはいないというのに。

(……いや、いる。僕よりも怪しく、異能を振るうことをためらわない人が)
                ディープブルー
思い出されるのは、深く暗い濃紺色の瞳。

そして、憎悪と侮蔑を乗せた皮肉げな笑み。

あの少年は、青那以上に怪しい存在だろう。

しかし、それだけでは青那への疑いが晴れるには足りない。他に容疑者がいたからといって、青那が怪しいということには変わりないのだから。

疑問が顔に出ていたのか、答えるようにセンリが口を開いた。

「失礼ですが、青那さんが気を失っている間にいくつか検査をさせていただきました。その結果、貴方の容疑は完全に晴れたのです」

「検査、ですか」

「ええ。意識のない時に勝手にしてしまったのは申し訳ありませんが」

「い、いえそれは別にいいんですけど」

検査をいくつかしたぐらいで、疑いが晴れるものだろうか。

「そうですか。それでは、改めて謝罪を。無実の罪で貴方の命を脅かしたこと、誠に申し訳ございません」

「!!」

「セ、センリさん!?」

言葉と共に頭を下げるセンリ。

それに驚きの声を上げる青那と明依。

ただ一人、クトードだけは表情を変えずに座っていた。

「平和に過ごしていた青那さんの生活を侵してしまったことは、とても許されることではありませんが……」

「い、いえ、そんな……。センリさん達が誤解されたのも無理ありませんし」

「誤解で命を狙われたのですよ? 青那さんはそれでいいのですか?」

「えっと、結果として僕はこうして生きているわけですし。誤解も解けたみたいですから」

それに、と青那は思う。

それに、自分という存在が危険だというのは間違ってはいない、と。

「だから、僕はもう気にしてないですから」

その言葉に、青那をじっと見るセンリ。

何を思っているのか、その微笑みの形に細められた瞳から読み取ることは出来なかった。

ややあって、

「わかりました。ならば、この度の事件を全力で解決することで、青那さんへの謝罪とお詫びに変えさせていただきます」

納得したような、呆れたような表情でセンリはそう告げた。

それを聞いて、

「……その事なんですけど」

真剣な表情で青那もまた、あることを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

しばしの時が経ち、会話の終わった青那は明依に連れられて部屋を退室した。

部屋に残ったのは、変わらず微笑みを浮かべたセンリと、結局一言も喋らなかったクトードの二人。

「それで、如何だった?」

この部屋に入って初めて、クトードが口を開く。

その内容は、主語の抜けた疑問。しかし、センリには通じているのだろう。答えを口にする。

「そうですね。クトード先生の“診断”通りでした。優しくて……哀しい子」

センリの言葉には、言葉どおり哀しみの響きがあった。

それに対して、クトードは淡々と言葉を紡ぐ。

「それで、如何する気だ。あいつの提案を受けるのか?」

「――――そうですね。受けようと思います」

青那の提案。

それは、この事件の解決に自分も手伝わせてほしいというものだった。

「『“家族”や“友人”を守るために、出来る限りのことをしたいんです』。そんなことを言われてしまったら、断れませんよ」

そう告げた時の青那の瞳は、怖いくらいに真剣だった。

きっと彼は“家族”や“友人”をとても大事に想っているのだろう。そう、危ういくらいに。

「だが、あいつは戦えばそう低くない可能性で死に至るぞ」

「……たしかに、その可能性は無視できません。ですが、明依さんの報告によれば、新たに確認されたCETPと青那さんには何らかの
 関わりがあります。ですから、青那さんを一人にするのも危険です」

「“視”えたのか?」

「ええ」

「それでいいんだな?」

一拍、間が開く。

巻き込まれた、否、巻き込んでしまった青那を、更に巻き込み、利用するのか。

そうクトードは問うている。

それに対しセンリは、

「ええ」

是、と答えた。

その答えにクトードが何を思ったのか、その表情からは何も察することは出来なかった。

僅かな沈黙の後、

「お前がいいと言うならば、それでいい」

そう言って、クトードは席を立つ。

医務室へと戻るクトードの姿が扉の向こうへ消えた後、一人になったセンリはポツリと呟いた。

「ごめんなさいね、青那さん」

その姿はまるで、罪を懺悔する罪人のようで。ひどく弱々しいものだった。

 

 

 

 

 

 

火薬の焦げた臭い。響く銃声と空薬莢の落ちる音。ぴりぴりとした緊張感。
シューティングルーム
射撃訓練場は、それらが混じり合った独特の空気で満ちていた。

その中でも、特にぴりぴりとした空気を放つ一角があった。

そこに殺気と苛立ちを纏って立つのは、早坂美礼という名の少女だ。

辺りには濃密な火薬の臭いが鼻をつき、足元には空薬莢がグロス単位で転がっている。

すでに相当な数を撃っているようだ。

銃を構え、的を狙い、

撃つ。

撃つ。

撃つ。

マガジンに装填されている弾を撃ち尽くしたら、次のマガジンに交換。

先程と同じように撃ち続ける。

あまりに殺気だったその様子を見て、管理人が声をかける。

「なんだなんだ。荒れてんなぁ、お嬢」

その声に、延々と鳴り響いていた銃声が止む。

撃ち続けていた手を止めた美礼は、そこでようやく自分の手の感覚が怪しくなっていることに気付いた。

明らかに撃ちすぎだった。

痺れてうまく動かない手で、なんとかセーフティを掛けて銃を置く。

そこでようやく振り返る。

「……タクさん」

射撃訓練場の管理人――タクさんは人好きのする笑顔を浮かべながら近づいてきた。

「どしたい、お嬢。なんか嫌なことでもあったのかい?」

「別に、何もありません……」

「こんだけ弾丸ばら撒いといて、何もないってことはないだろ。それに、精度もひでぇ。お嬢、調子悪いんじゃねぇのか?」

「……」

タクさんの指摘に、美礼は沈黙を返す。

普段なら射撃訓練中は無心となり、訓練が終われば充実感と高揚感が少なからずある。

だが、今の美礼の心はそれらとは程遠く、怒りと戸惑い、苛立ちがほとんどを占めていた。

その見に収まりきらない感情は、少女の周りの空気を刺々しいものにしていた。

無言の拒絶と少女の纏う敵意にも似た空気に、タクさんはやれやれと肩をすくめた。

「ま、言いたくないならいいけどよ。あんまり無茶すんなよ?」

「…………はい」

頷きはするものの、美礼の纏う空気に変化は無く。

タクさんはもう一度肩をすくめた。

「ったく。ほれ、お嬢に客だ。ここは俺が片付けとくからそっち行っとけ」

「いえ、それぐらいは自分で……」

「いいからいいから。あんまり客を待たせるもんじゃねえぞ」

「…………わかりました。それじゃ、お願いします」

「おーう。また来いよ、お嬢」

床に落ちている空薬莢を集めながら手を振るタクさんに一礼し、美礼はその場を去っていった。

遠ざかっていく背中を見ながら、タクさんはもう一度だけ肩をすくめる。

そして、美礼が撃ち散らかした後を片付け始めた。

「お嬢、何があったか知らないが、これは撃ちすぎだろ……」

 

 


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