爆発の直撃を受け、青那の身体が大きく後ろへと吹き飛ばされる。

その光景を見て、少女は己の勝利を確信した。

少女が使った炸裂弾は特製の物で、戦車の装甲すら破壊できる威力がある。

それをまともにくらったのだ。いかにCETPといえど即死だろう。仮に生きていたとしても、戦闘行為など不可能だ。

しかし、それでも少女は戦闘態勢をくずさない。

少女はピクリとも動かない青那から目を離さずに、銃のマガジンを入れ替える。スライドを引き、弾丸を薬室へと送る。

その動きは滑らかで、その行為を何度も繰り返してきたことが窺える。

一連の作業は特に意識しての行動ではない。

常に戦闘を行える状態を維持するのは、少女の身体に染み付いた習性だった。

(――?)

装填作業を終えた少女は、ふと違和感を感じた。

戦闘者としての感覚が捉えた違和感。その原因を探ろうと、少女は周囲へ視線を走らせる。

コンクリートの床と壁。床には氷の破片と青那の血痕が散らばっている。天井には割れた蛍光灯。そして床に倒れている少年。

ガラスのはまっていない窓から差し込む夕日で、全てが赤く染まっていた。

見る限りでは、特におかしなものは無い。周囲の状況に異常はないし、青那の身体が何か変異を起こしているわけでもない。

(考えすぎか――)

そう思った瞬間、少女は違和感の原因に気付く。

青那の身体が綺麗すぎるのだ。

少女が使った炸裂弾は人間がくらえば、爆発の衝撃で当たった部分は吹き飛んでいるはずである。

なのに、青那の身体には欠けた部分など無い。それどころか、服に焦げ目すら付いていない。

そのことから考えられる事実は――、

(かわされていた!?)

思考が結論を出すと同時に少女は照準を合わせる。

目の前の異常に対して疑問を持つよりも早く起こされたその行動は、まさに神速。

その動きを察したのか、青那が仰向けの状態から身を起こそうとする。が、しかし、

「遅い」

青那が身を起こすよりも、少女が引金を引く方が圧倒的に早い。少女は今度こそ引導を渡そうと、引金を引こうとする。

その瞬間、上体を起こそうとしている青那と目が合い、そして気付いた。

こちらを見る青那の目が、赤い夕日の中でもわかる程青く輝いているということに。

少女の背中にぞくり、と走る悪寒。その悪寒が何を意味するのか判らないうちに、引金は引かれていた。

銃口から撃ち出される弾丸。青那の身体を吹き飛ばすはずだった銃弾は、突如として少女の前に現れた氷の壁にぶつかり、爆発した。

 

 

爆発により氷の壁が砕かれるのを見ながら、青那はゆっくりと立ち上がる。

その途端、胸に激痛が走り、青那はたまらず膝を付く。

痛みにより荒い息を吐きながら、青那は胸に手を当てる。そこには、氷の欠片が付着していた。

銃弾が命中するその瞬間、青那は咄嗟に胸に氷を纏い、爆発の衝撃を緩和した。

しかし、咄嗟に、しかも今までしたことの無い能力の使い方をした所為で、その強度は不完全だった。

「あぐっ! ……これは、あばら折れてるかな」

それでも即死を免れたのだから、上出来といえるだろう。まともにくらえば、まず命は無かったのだから。

激痛で脂汗が流れるが、無視する。今はまだ、痛みに気をとられている場合ではない。

爆発に巻き込まれた少女に、注意を戻す。

至近距離で弾丸が爆発したにもかかわらず、少女には負傷した様子は見られなかった。

どうやら反射的に後ろへ跳び、衝撃を逃がしたようだ。

ただ、さすがに完全には逃がし切れなかったらしく、手に持っていたはずの銃が少し離れた場所に転がっている。

青那が状況を認識すると同時に、少女が走る。その先にあるのは、先程まで少女が持っていた銃。

その走りは、速い。例え青那が万全の状態であったとしても、少女より速く走る事は出来ないだろう。

さらに、両者の位置も少女に味方している。少女の手から離れた銃は、爆発の勢いに乗って少女の後ろへと飛ばされていた。

位置が悪く、少女より速く移動する事も出来ない。青那が銃を確保する事は、まず不可能だった。

そして、少女が銃を取り戻せば、今度こそ青那に勝ち目は無い。

先程使った、銃撃のタイミングに合わせて、少女の前の空間に氷の壁を作る、という手は、一度しか使えない騙し手だ。

ただの素人ならばともかく、明らかに戦闘訓練を受けている少女には、もう通じないだろう。

つまり、ここで決めなければ次は無い。

そんな状況で、しかし青那はその場を動かない。ただ荒い息を吐きながら、床に転がった銃に視線を合わせている。

少女が赤黒の風となり、凄まじい速さで銃へと近づいていく。

床を蹴り、風を斬り、半秒にも満たない時間で十メートルの距離を走破する。

その光景を目の端に捉えながら、青那は視線の中心、銃へと精神を集中させる。

そして少女が勢いを殺さないまま銃へと手を伸ばそうとした瞬間、能力を発現させる。

「悪いけど、遅いよ――!」

言葉と同時に、少女が掴もうとしていた銃が凍りつく。

少女は驚きに目を見開きながらも、勢いを殺さずにその場から大きく跳び退る。

少女が立ち上がるのを待ってから、青那は言葉を投げかける。

「次はキミを凍らせるよ。それが嫌なら、もう僕にかかわらないで」

その言葉を受け、少女は不快そうに眉を顰める。

「殺せる相手を見逃すなんて、余裕のつもり?」

「……そうだよ、キミくらいなら何とでもなるからね」

嘘だ。既に体力は限界で、能力もあと一回使えるかどうか。ここで退いてもらわなければ、かなりまずい。

そのためにも、こちらの限界を相手に教えるわけにはいかない。

青那は荒い息を無理やり押し殺し、言葉を続ける。

「キミの実力は見切った。もう僕の敵じゃない」

「……」

「僕には弱いものいじめをする趣味は無い。ここで退いてくれるなら見逃すよ」

「……」

少女は無言。何の反応も見せない少女に内心焦りながら、青那は言葉を紡ぐ。

「僕はただ生きていたいだけなんだ。この能力で、誰かを傷つけるつもりは無い。だから――」

「ダメ」

青那の言葉を遮り、少女が口を開く。そこから出た言葉は短くとも、絶対の拒絶が込められていた。

「な…」

「言ったでしょう。貴方達CETPは、生まれてきたことが罪だって。貴方に生きる権利なんてないわ」

言葉に込められた絶対零度の憎悪に、青那は気圧される。身体が制御から離れ、指一本動かせなくなる。

それでも黙っているわけにはいかなかった。自分の生きる権利を否定されるなんて、許すわけにはいかない。

「キミは、何で……」

言葉に出来たのはそこまでだった。青那は見たからだ。少女がその黒いコートの中に手を差し入れ、新たな銃を引き抜いたのを。

「それに、私が退く必要なんて無いわ」

言いながら、少女は銃の照準を青那に合わせる。

「能力の尽きた貴方相手なら、ね」

「!!」

ばれていた。青那の背に戦慄が走る。

「誤魔化しきれると、本当にそう思っていた? だとしたら、考えが浅すぎるわ」

「くっ……」

言葉と共に飛来する弾丸。青那は咄嗟に身構えるが、視界が歪み姿勢が崩れる。

そのおかげで狙いがずれ、頭を目指して飛んできた弾丸は耳を掠めるにとどまる。

それを見て、少女は納得したように一つ頷く。

「やはり能力は使えないみたいね。それに出血多量でまともに動けない」

少女の言葉に、青那は己の失策に気付いた。

「まさか、僕の言葉を黙って聞いていたのは……」

「そう、あなたが出血で動けなくなるまでの時間稼ぎ。血液が多く失われれば、体力も集中力も落ちる。集中力が落ちれば、

貴方達の能力は使えなくなる」

青那は己の甘さに唇を噛み締める。相手の武器を一つだけだと思い込んだこと。自身の怪我を深く考えなかったこと。

全て考えが甘すぎた。そのつけが今、己の命で払われようとしていた。

「この銃ではさっきの弾は撃てないけど、能力の使えない貴方ならこれで十分だわ」

冷たい銃口の先で、少女が告げる。

「それじゃ、さよなら」

少女が引金を引く指に力を込める。生命の危機に瀕した所為か、青那にはそれが酷くゆっくりに見えた。

だが、だからといってできることなど何も無い。身体は動かず、能力は使えない。

ゆっくりと動く世界の中で、少女の指が曲げられるのをただ見ていることしか出来ない。

少女の指が少しずつ曲げられていくのを見ながら、青那の中には走馬灯すら思い浮かばない。

何も考えられない真っ白な思考の中、少女の指の動きだけを眼で追っている。

青那の主観で、一秒でおよそ0,1oずつ少女の指が動く。

しかし、青那にはもうそんなことは考えられない。思考はただ真っ白なままだ。

十秒、二十秒、三十秒が経った。

遅々として進まない時間の中、青那の内部で一つの変化が起きた。

真っ白だった思考に、青が混じり始めたのだ。

空の蒼。海の青。森の藍。

この世のありとあらゆる“アオ”が、青那の思考を塗りつぶしていく。

いつしか視界も青く染まり、世界がアオに塗りつぶされていく。

どこまでも青く、蒼く、藍く、アオく――。

青那はその青の奔流に身を任せようと思考を手放し――、

「あぐっ!」

かけたところで、少女の悲鳴と銃が地面に転がる音で目を覚ました。

目に映る世界は元通りの色に戻り、思考も復活する。

青那が我に返ると同時、廃ビルの入り口の方から声が飛んできた。

「よう、危ないところだったな、兄弟」

その声を発した人物は、どこまでも深く暗い青を纏っているように、青那には感じられた。

 

 


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