どの街にも、人がよりつかない場所というのはあるものだ。廃校になった校舎しかり、人気のない幽霊屋敷しかり。

青那の住んでいる仙華市では、街外れにある廃ビルがそれにあたる。

日が落ちれば一部の若者が溜まり場として利用するこのビルも、夕日が世界を紅く染めるこの時間帯では静かなものだ。

人気の無い廃ビルの中、青那は少女と対峙していた。

少女の赤みがかった黒髪と同色の瞳、身を包む漆黒のコートは夕日に照らされて赤く染まり、酷く禍々しい印象を青那に与えた。

そう、まるで血に染まっているかのような。

青那の頭にふと、逢う魔が時という言葉が思い浮かんだ。昼と夜の間である夕方は、魔と逢いやすい時間だという。

ならば、目の前のこの少女こそ、闇に住み生き血をすする魔ではないのか。

思わずそんな考えが浮かぶほど、目の前の少女は美しく、そして妖しかった。

青那は軽く目を瞑り、意識して息を深くついた。そうして頭を切り替え、少女を見据える。

たとえ少女が何であろうと、殺されてやる気は無い。目の前に現れた以上、何もせずに見逃す気も無い。

感じる恐怖を無理やり凍りつかせ、青那は口を開く。

「それで、話というのは何?」

その質問に答えるため、ここに来るまで無言だった少女も口を開いた。

「 昨夜、この街で殺人事件が起きたわ。死因は心臓の破壊。警察の調べでは、凶器は銃器。

 死亡した後も死体に暴行を加えた痕跡があるため、怨恨の線で捜査を進めている」

よく通る静かな声で、少女が詠うように喋る。その表情に、感情の色は無い。

青那はただ黙って聞いていた。彼女が何を考えて事件について話すのかは分からないが、それは青那の知りたい事でもあったからだ。

少女が話す言葉に含まれる情報を取り入れ、思考のための糧とする。

しかし、次に少女が放った言葉は、完全に青那の予想外だった。

「殺したのは、あなた?」

「…………………え?」

青那は一瞬何を言われたのか分からなかった。予想だにしない一言で、頭の動きもほんの一瞬だけ止まる。

しかし、次の瞬間には先ほどに倍する勢いで頭を働かせ、少女の言葉の意味を理解する。

「……なるほど」

つまり、この少女はあの事件の犯人ではないのだ。むしろ犯人を捕まえようとしているふしさえある。

そんな人間ならば、無差別に殺人を犯したりはしまい。

(それにしても…)

犯人じゃないかと疑っていた人間に犯人呼ばわりされるとは、なんという皮肉か。

思わず青那の口元が苦笑に歪められる。

そして、無表情のままこちらの返答を待っている少女へと、答えを返す。

「僕じゃない」

首を横に振りながら、そう答える。それをどう受け止めたのかは分からないが、少女は追及も、聞き返しもしなかった。

ただ青那を無言で見つめるのみ。おそらく青那の言葉に虚偽が無いかどうか観察しているのだろう。

青那としては嘘などついていないので、まっすぐにその視線を受け止める。

「僕からも聞きたい事があるんだけど、いい?」

「……何?」

無視されることを覚悟して発した言葉だったが、以外にも返事があった。どうやらコミュニケーションは取れるらしい。

(これなら大丈夫かな)

「昨日の夜、何で僕を殺そうとしたの?」

我ながら呑気にこんな質問をしている場合ではないと思うが、これは重要なことだった。

正直、青那には人に命を狙われるような心当たりは無い。ある一点を除けば、青那はどこにでもいるただの高校生なのだから。

故に青那は問いかける。自分を殺そうとまでする、その理由を。

しかし、青那は問いかけた事を後悔した。

「……何で?」

少女が聞き返すように呟いた。その瞬間、少女の纏う世界が変わった。

それまでの妖しくも静かな、年経た人形のような雰囲気から、地獄の炎のような憎悪を持って打たれた冷たき刃の如き雰囲気へと。

そう、憎悪だ。青那が17年間生きてきた中で、一度も感じたことが無いほどの憎悪。

触れただけで存在ごと焼き尽くされそうな憎悪を、目の前の少女が発している。

しかも、それを向けられているのは、他ならぬ青那自身なのだ。

「何で、と聞くの? あなたが?」

「う…ア…」

青那は答えられない。少女の憎悪の炎に呑まれ、指一本動かせない。口の中はカラカラに乾き、全身から嫌な汗が噴き出す。

青那は今まで生きてきて、これほどまでに強烈な感情を向けられた事が無い。

いや、ほとんどの人の人生で、ここまで強烈な感情を向けられる事はまず無いだろう。

それほどまでに、少女の憎悪の炎は激しかった。

                            
「…いいわ、教えてあげる。あなたが殺される理由を」

地獄の炎のように激しく。

生命を刈り取る刃のように冷たく。

全てを呑み込むほどに深い憎悪を纏った少女は、断罪するように告げる。

「それは、あなたが“CETP”だからよ」

 

 


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