「……ん」

窓から差し込む朝日と鳥のさえずりに、青那は目を覚ました。

寝起きでぼんやりする頭を抱えながら、ソファーから身を起こす。と、軽い頭痛に襲われた。

「っ」

痛む頭を抑えながら周りを見る。

四人がけのテーブルに四つの椅子。少々古い型のテレビに、ボロ…いや、年季の入ったソファー。

青那には見慣れた、自宅のリビングだ。

「?」

いつもは勉強部屋兼寝室のベッドで寝ているはず。それなのに、何故ソファーで寝ているのだろうか。

首を捻り、その理由を考える。しかし、8割を眠気に占領された頭では考えが纏まらず、それどころか気を抜くと眠ってしまいそうだった。

これもまたおかしな事だった。青那は寝起きがとても良く、ここまで頭がぼんやりすることはほとんどない。

(…とりあえず…、顔でも、洗ってこよう…)

欲求に従って眠ってしまいそうな身体を無理やりひきずり、洗面所へ向かう。

 

 

水道から出る水を叩きつけるようにして、顔を洗う。

冷たい水が、頭の隅々まで洗い流していくような感覚を受け、ようやく目が覚めた。

蛇口を捻り、水を止める。顔を上げて鏡を見れば、そこには水を滴らした少年が写っている。

端正な顔立ちをしているが、多分に幼さを残したその顔は、格好良いというよりも可愛いと言ったほうが似合っている。

長くも短くもない中途半端な髪と穏やかな色を浮かべるその瞳は、月の光にも似た蒼い色をしている。

まるで妖精みたい、とは友人の弁。青那は顔を拭き、寝癖を軽く手で直してからリビングへと戻る。

 

リビングへ戻り、向かった先は冷蔵庫。朝食を作るために、中にあるものを確認する。

いくつか見繕って取り出し、半ば無意識に調理を始める。

毎朝の習慣のままに手を動かしながら、青那は思考する。

(何でソファーで寝てたんだろ? 昨日何かあったっけ?)

思考する間にも調理の手は休めない。習慣化された行動は、半ば自動的に身体がやってくれる。

              なおや
(たしか昨日は学校で直弥に貸してた五百円を返してもらって、それからバイトに行って…)

料理が出来上がる前に、テーブルにお皿を用意しておく。

(昨日のバイトはやけに忙しくて、その所為でちょっと帰るのが遅くなったんだよね。それで、その帰りに後ろから名前を呼ばれて)

拳銃で撃たれた。その事実を思い出したのは、丁度朝食の用意が出来たのと同時だった。

慌てて昨夜撃たれた胸を見る。上着に穴こそ開いていたが、別段血が出ていたり中身が出ていたりはしなかった。

そのことに大きく安堵の息を吐く。

しかし、安心と同時に疑問を覚える。確かに自分は撃たれたはずなのに、何故傷一つ無いのだろう。

その原因を探るべく、上着の破れた部分を探る。と、服の中から何かが零れ落ち、音を立てて床に転がった。

落ちたのは2つ。片方は小指の先ほどの大きさの金属。前に友人の家で見せてもらった拳銃の弾によく似ている。

おそらく昨夜自分に打ち込まれた物だろう。そう予想し、青那の顔色は髪の毛と同じ蒼色に染まった。

自分はこれに撃たれたのだという恐怖を抑え、もう一つの方を見る。

それは青那にとって見慣れたものだった。いや、日本人なら誰もが見慣れているだろう。

円形の物体。五百円玉だった。しかも新の方だ。

青那はあまり使うことは無いが、何かあった時のために普段から必ず一つは携帯している。

目の前に転がるこれは、昨日友人に返してもらったものだろう。返してもらった時に、財布に入れずに胸ポケットにしまった覚えがある。

しかしその五百円玉は、返してもらったときと違い、真ん中が窪んでいた。

その窪みは青那の小指くらい。そう、床に転がっている銃弾くらいの大きさだ。

(…え〜と、つまり)

胸に打ち込まれた銃弾は、偶然胸ポケットにあった五百円玉に当たり、そのおかげで自分は助かった。

その事実に気付き、青那は顔を引き攣らせる。そして、昨日お金を返してくれた友人に心の底から感謝する。

そんなことをしていると、玄関のドアが開く音がした。それと共に、エネルギーにあふれた声が聞こえてくる。

「おっはよー、セイ。今日も元気ー?」

青那のいるリビングに向けて、快活な足音が響く。それを聞いて、慌てて床に転がっている物をズボンのポケットにねじこむ。

丁度青那が危険物をポケットに捻じ込んだところで、リビングの扉が開いた。

そこから入ってきたのは、一人の少女だった。

やや茶色がかった黒髪のショートヘア。160cmの青那と同じくらいの身長を包むのは、青那と同じ高校の制服だ。

ぱっちりとした瞳と整った顔立ちは、美少女と言っても差し支えない。

しかし、少女の魅力は外見だけではない。

まるで身体の中に太陽があるかのように活力に満ちているこの少女を見ていると、こっちまで元気になってくる。

それが少女の大きな魅力の一つだった。

青那などは、その小さな身体のどこにそんなエネルギーがあるのかと常々思っている。

       はせがわ あやせ
少女の名は長谷川綾瀬。青那にとって、妹とも姉とも言える人物である。

「おはよ、セイ。」

「うん、おはよう。綾瀬」

 

 


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