昼と夜の境目、夕日によって紅く染まった街の中を、青那は歩いていた。
向かうのは、殺人が起きたというその現場。直哉から聞き出したその場所に向かい、青那は足を進める。
昨夜あったという殺人と、昨夜青那を襲った少女が果たして関係あるのかどうか、青那には分からない。
しかし、直哉が言った言葉が青那の頭から離れない。
(「犯人は銃器を所持しているらしい」、か)
銃なんてものは、日本ではそうそうお目にかかれるものではない。まぁ、特殊な職業の人間は除くが。
その辺に銃がごろごろ転がっているのでもない限り、昨夜の少女と事件を結び付けるのはさほどとっぴな考えではないだろう。
そして、もし少女が殺人を犯したのだとしたら、
(なんとしてでも止めなくちゃ)
それは少女の身を案じての行動ではなく、また倫理観や正義感などでもない。
青那が何よりも厭うのは”家族”への危険。それを排除するためならば、青那はいかなる労苦も厭わない。
もちろん青那にも倫理観や正義感はある。困っている人がいれば手を差し伸べるし、他人を傷つけるのは悪い事だという意識もある。
しかし、そんなものは”家族”の安全に比べれば、枯葉の如く軽い。青那の中では、”家族”こそが最上の価値を持つ。
故に、もし少女が無差別に人殺しをしているのならば、青那の”家族”を傷つけるかもしれないのならば、
(その時は、僕の全てでもって止めてみせる!)
もっとも、少女が事件に関係あるかどうかは、まだわからないのだが。
いずれにせよ、何の情報も持っていない青那としては、手がかりになりそうな場所に行く事くらいしか出来ないのだ。
ビルとビルの間にある、狭い空間。街を紅く染める夕日も、ビルの影になっているここには届かない。
両脇のビルの圧迫感に、日の光が入ってこないが故の薄暗さ。
さらに地面に水が溜まっているため湿度が高く、お世辞にも居心地が良いとはいえない。
そんな裏路地の中を、青那は立ち入り禁止のテープの外から観察していた。
(……う)
裏路地の中は、惨憺たる有様だった。
壁にはおびただしい量の血痕が付着しており、よく見れば地面に散らばる水溜りのいくつかは赤い色をしている。
ばら撒かれた血の中心の地面が、白いテープで囲ってある。それはよくドラマなどで見る、所謂死体の場所と状態を示すものだろう。
しかし異様なことに、白いテープで表されたそのシルエットは、人間の形をしていなかった。
歪な円を描くテープと辺りに飛び散った血痕を見れば、死体がどのような状態だったのか想像が付く。
おそらく犯人は、何度も何度も、死体が原形を留めなくなるまで執拗なまでに何かで穿ったのだろう。
その光景を想像しそうになり、青那は慌てて頭を振ってかき消した。
そんなものを想像してしまえば、しばらくは肉が食べられなくなりそうだった。
青那は頭を切り替え、冷静に裏路地を観察する。今はとにかく何でも良いから情報が欲しかった。
集中して観察する。
観察する。
観察する。
途中で、殺人のあった裏路地を凝視している高校生は周りにはどんな風に写るのかなー、とか思ったが、その思考にはふたをしておく。
そして10分に及ぶ観察の結果は、
「……何も分かんない」
だった。まあ、当然の結果だった。
青那は現場を見ただけで全てが分かる名探偵でも、過去が見える占い師でもない。
すこしばかり他人には無い”力”を持っているだけの、ただの高校生だ。その”力”も、今の状況では何の役にも立たない。
だから、こうなる事はよく考えなくても分かりきっていた。それでも此処に来たのは、青那には情報が全く無かったからだ。
手に入るなら、どんな些細な手がかりでも良かった。しかし、それすらも無かった。
(うーん、困ったなぁ。いきなり手詰まりだよ。……どうしよう)
そんな風に戸惑っている青那に、背後から声がかけられた。
「水槻青那」
その声に、青那の身体が硬直する。背中に嫌な汗が流れ、のどがからからに渇く。
青那は動揺を押し殺し、固まった身体を無理やり動かして後ろを振り返る。
そこには、青那が探していた、昨夜の少女がいた。
「っ!」
昨夜の銃弾と殺意を思い出し、青那は一歩後ずさる。
確かに探してはいたのだが、こうもすぐに会う事になるのは予想外だった。
「き、君は…」
「話があるわ。ついてきなさい」
少女はそう一方的に告げて、青那の返事も待たずに歩き出す。
少女には聞きたい事があるし、もしついていかなければ、街中で銃を抜く可能性もある。
人を簡単に殺そうとする人間についていく事は躊躇われたが、しかし今の青那の状況では選択肢などなかった。
青那はため息を一つだけ吐き出し、少女の後をついていった。