水槻青那は高校生だ。

故に、例え前日の夜に銃撃されようが、おそらくまだ命を狙われていようが、それを言う事が出来ない以上学校を休む事など出来ない。

そんなことは”姉”が許さない。

だから青那は、現在学校にいる。時刻は正午。青那は友人たちと昼食をとっていた。

中庭の芝生で車座になり、共に昼食をとっているのは青那を含めて4人。

まずは青那と綾瀬。2人は青那の作った弁当を広げている。

                                    みづき
青那と綾瀬の昼御飯は、1日おきに青那と綾瀬の母である美月が交互に作っている。

小さい時からお世話になりっぱなしなので、青那は美月に本当に感謝をしている。

ちなみに、一度だけ綾瀬が弁当を作ったことがあったのだが…。それ以来一度も作っていないということから、結果は分かってもらえると思う。

そんなわけで、青那と綾瀬は高校生男子が作ったとは思えないような弁当を食べている。

                      ひさやまなおや
次に、カツサンドをを食べているのが久山直哉。

柔軟な筋肉に包まれた180cmの長身。相手を威圧するかのような鋭い目と、染めたのではない天然の金髪。

一見不良に見えてしまう直哉は、青那とは中学時代からの付き合いだ。親友と呼んでも差し支えない。

時折女の子に間違われてしまう容姿の青那は、男らしい直哉に密かに憧れていたりする。

                                           わたべけんじ
最後に、先ほどから綾瀬のおかずをとろうとしては迎撃されているのが渡部賢二。

手入れをしていないぼさぼさの髪に、分厚い眼鏡。科学部の部長(部員数一名)である賢二は、何故かいつも白衣を着ている。

よく実験に人を巻き込んだりもするが、根っこは良い人間なので結構いろんな人間と仲が良い。

彼の発明するものは実用性が高いことは、この高校で知らない人間はいない。かくいう青那も時々使わせてもらっている。

「いったいなー、もう。ええやんべつに、減るもんでもなし」

6度目の挑戦に失敗した賢二が、はたかれた手をさすりながら恨み言を言う。

「減るわよ、おもいっきり! だいたいなんであんたは何も持ってきてないのよ」

綾瀬の言葉どおり、賢二の手には弁当もパンも、っていうか食べ物は無かった。

「いや、寝坊してもうてな。弁当家に忘れてきてん」

「だからって何でわたしのおかずを盗ろうとするのよ」

「いや、さすがにせー君からは盗れへんやん?」

「わたしからはいいのか!?」

「あたりまえやん」

この2人が衝突するのは何時もの事で、いわばただのじゃれあいだ。

それは分かっている。分かっているのだが、目の前で言い争いが起こると青那としては落ち着かない。

何とか2人をなだめようとするのだが、元来口下手な青那ではこの機関銃のような2人は止められない。

食事の手を止めておろおろしている青那。

それを見て、一つ目のパンを食べ終えた直哉が2個目の袋を破きながら二人に向かって声をかける。

「購買でパンでも買ってきたらどうだ?」

その言葉に手をひらひら振りながら答える賢二。

「いや、金無いし。だいたい今から行っても碌な物残っとらんて」

昼休みの半ばを過ぎた今では、残っているのはアンパン、ジャムパン、コッペパン程度だろう。高校生男子の昼食としては些か物足りない。

「そんなの知らないわよ。自業自得じゃない」

「うむ、寝坊したお前が悪い。それが嫌なら断食だな」

しかし、このふたりは容赦なかった。

「お前らには少し食い物わけてやろうとかいう選択肢はないんか!?」

不思議そうに顔を見合わせる綾瀬と直哉。そして声を揃えて、

「「そんなものはない」」

とおっしゃった。

「うわーん、せー君、ふたりがいじめるー」

さすがにふたり相手では勝てず、青那に泣きつく賢二。そんな賢二に、弁当のふたに取り分けたおかずを渡してやる青那。

「はい、ケンジ」

「ってええんか? もらってしもて」

「うん、今日はバイトも無いし。お腹もそんなに空いてないしね」

「そか、それならありがたく頂くわ。おおきに」

青那に礼を言い、食べ始める賢二。そんな賢二横目に、綾瀬が青那に声をかける。

「ダメよ、セイ。餌を与えたりしちゃ。癖になったらどうするの」

「餌って…」

それはあんまりな言い草だと青那は思う。

「オレは獣か!?」

当然賢二も反論するが、

「似たようなものだろう」

という直哉の台詞に撃墜された。

余程ショックだったのか、賢二は中庭の隅で膝を抱えてしまった。そんな状態でも食べるのを止めないのはさすがだと思う。

「ところで、今朝のニュースは見たか?」

そんな賢二を一瞥してから、直哉はそんな事を聞いてきた。

「ニュース?」

たしかテレビはつけていた。が、今朝はそれどころじゃなかったので、どんな内容だったかは覚えていない。

「いや、見てないけど」

「わたしは見たわよ。たしかこの近くで殺人事件があったのよね」

「え、そうなの?」

「ああ」

殺人事件。ずいぶんと物騒な話だと思う。昨日殺されかけた身としては、ちょっと他人事とは思えなかった。

そして、青那は次の直哉の一言で凍りついた。

「何でも犯人は銃器を保持しているらしい」

銃。それは昨夜、青那を襲った少女が持っていたものではないのか。

この日本で、そうごろごろ銃が転がっているとも思えない。それはつまり、その事件は少女の仕業だということではないだろうか。

凍りついた青那をよそに、直哉は言葉を続ける。

「犯人はまだ捕まっていないらしいからな。注意しておくにこしたことはないだろう」

「銃ねぇ…」

「物騒な世の中になったもんやな」

いつの間にか復活した賢二が会話に参加してきた。見れば、青那が渡したおかずはすべてたいらげてあった。

「せー君、ごちそうさん。お礼にいいもんやるから、放課後部室に来てや」

そういいながらふたを返してくる。

余談だが、科学部の部室とは化学実験室のことである。学校側が決めた訳ではないのだが、いつの間にかそうなっていた。

恐るべし、科学部部長。

「いいもんって…、またセイを実験につき合わせるつもりじゃないでしょうね」

綾瀬が警戒した声を賢二に向ける。過去数十回にわたって青那が実験に付き合わされたが故にだろう。

「せえへんって。この間発明した防犯グッズをやろおもてな。効果は折り紙つきやで」

「ふーん…、爆発したりしないでしょうね」

「するか! 人の発明品をなんだと思っとるんや」

「ガラクタと紙一重」

「ガ、ガラクタ……」

また言い合いをはじめたふたりに、青那は慌てて割ってはいる。

「あ、ありがとケンジ。放課後に取りに行くね。ほら、そろそろ昼休みも終わるし教室へもどろ」

「ああ」

「そ、そやな」

「そうね、こんなこと言い合ってても無駄だし」

「無駄って…、お前が言い出したんやろが!」

「あわわ、ほ、ほらふたりとも早くもどろ」

また言い合いを始めそうなふたりの背中を押しながら、青那は先ほどの直哉の言葉を思い返す。

(銃を持った殺人犯、か。確かめなきゃいけないことが増えたな)

青那はため息をつきながら、教室へと戻っていった。

 


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