月の綺麗な夜。

縁側に、一人の男と一人の少年が並んで座っていた。

風も無く、静寂を破る無粋な音も無い。

月を見るにはとてもいい、静かな夜だ。

二人は何をするでもなく、座っている。

ふと、男の方が口を開く。

「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

遠くを見るように呟いたその言葉に何を感じたのか、子供が不満そうに言い返す。

「なんだよ、それ。憧れてたって、諦めたのかよ」

子供の言葉に、男はすまなそうに笑い、月を仰ぎ見た。

 

――そんな光景を、俺は二人の後ろから見ていた。

   この光景は、知っている。今や衛宮士郎でもある羽山煉迦は知っている。

   これは、衛宮士郎を構成する中でも、最も重要な記憶の内の一つ。

   衛宮士郎が“正義の味方”を目指すことを、それを決めさせた、大事な記憶。

 

男と子供の会話は続く。

そして、月明かりの下、子供はその言葉を口にした。

 

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。

 爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は」

“――――俺が、ちゃんと形にしてやっから”

そう子供が言い切る前に、男は微笑った。

「ああ――――安心した」

そう言って、男は静かに目蓋を閉じた。

それが、男の最後の言葉だった。

 

――そして、あいつは“正義の味方”を目指すことになった。
        そんなもの
   けど、“正義の味方”は……。

   正義や悪が一人一人違う以上、“全てを救う正義の味方”は存在し得ない。

   それでもそれを目指すというのなら、それは――

 

視界が光に包まれる。

夢の終わり。現実への帰還だ。
              羽山煉迦 衛宮士郎
夢から覚めるその中で、俺 は 俺 と一つになり、“俺”になる。

だから、今ここでの俺は、羽山煉迦だ。

それ故に、俺が“俺”になる前に思ったことは、俺だけの思い。

それは、俺とあいつとの、違い。

 

――決して終わらぬ、螺旋の如き道。

   未来永劫、果たされることの無い、満たされることの無いその願いは、

   もはや、呪いに等しい――

 

 

 

Fate/possesser

第九話 起床

 

 

 

「…………っ」

弾かれるように目を覚ます。

身体は汗だくで息は荒く、頭の芯から抉られるような頭痛もあった。

目覚め方としては最悪の部類だろう。

「きっ……ついな、これは」

ここまで体調が悪くなることもめずらしい。

体調が悪くなるようなことをしただろうかと頭を振りながら、周りを見渡す。

目に入るのは、見慣れた自室/見慣れぬ他人の部屋。

「っ……!?」

違和感。一瞬脳裏を掠めた思考は、まるで自分の裏側にもう一人の自分がいるような……。

そこまで考え、頭を振る。

「何をばかな……」

きっとまだ目が覚めてないんだろう。

これだけの不調で頭痛もあるんだ。少しくらい思考がおかしくなっていても無理はない。

ぼんやりとした頭を振りながら、目をしっかりと覚ますべく顔を洗いに行くことにした。

 

 

 

 

「ふぅ……、少しさっぱりした」

冷たい水で顔を洗い、寝惚けていた頭がようやく起きだしてきた。

意識がはっきりすると同時に、腹の虫が騒ぎ出す。

寝起きに感じたあの頭痛もほとんど消え、身体が正常な機能を思い出したらしい。

ぐぅ、と再び鳴る腹。

起き抜けの朝としてはおかしいほどに腹が減っている。

どうにも身体が栄養を欲しているようだ。

「なんか作り置きとかあったかな……」

ほどよい、というのをとっくに過ぎた空腹感を抱えて居間へと向かう。

すぐに食べられるものがあればいいのだが。これから作るというのは、出来れば勘弁して欲しい。

なんかもう、作っていくそばからつまみ食いをしそうだ。

普段、藤ねぇのつまみ食いを注意している身としては、それは避けたいところだ。

そんなことを考えながら、居間へと到着。

何か食べるものを探そうとしたところで、

 

「おはよう、衛宮くん。勝手にあがらせてもらってるわ」

 

なんて声がかけられた。

見れば、座布団に座って紅茶を飲んでおられる遠坂がいた。

その堂々たる落ち着ようは、まるで遠坂の方が家主のようだ。っていうか、その紅茶は家にあるので一番のやつでは――!?

「あ、これ? のど渇いたから頂いてるわ。衛宮くんの家にこんな良い葉があったのは意外だったけど」

「あ、あぁ。それはバイト先で貰ったものなんだけど」

「なるほど、それなら納得ね。何か衛宮くんって、紅茶を飲むよりも日本茶を啜っている方が似合っている気がするし」

む、たしかに俺は紅茶よりも緑茶派……って、そうじゃなくって、

「なんで遠坂が家にいるんだ!? しかも、勝手に紅茶飲んでるし!」

「なんでもなにも、昨日衛宮君がいきなり倒れたから運んであげたんじゃない」

俺の叫びに、さらりと答える遠坂。って、二つめの質問には答えてないぞ、遠坂。

それにしても、昨日?

昨日、倒れるようなことって何かあった――

「あ」

思い出した。

鉛色の巨人。それを従える、白い少女。

そして、俺を二度も守ってくれた銀の騎士――。

 

「ようやく目が覚めたみたいね」

遠坂の言うとおり、ぼやぼやしていた頭がはっきりと覚めた。

そうだ。俺は昨日、セイバーがバーサーカーを撃退したところで意識を失ってしまったんだった。

強化、投影と立て続けに魔術を行使したせいで、普段の十倍以上の魔力を消耗した。

さらには、バーサーカーの一撃を受け止めるなんて無茶をしたので、身体中がぼろぼろになったのだ。

心身共に限界だったのだから、意識を失ったとしてもおかしくはない。

(って、ちょっとまて。今何かおかしかったぞ?)

もう一度考えてみよう。

セイバーがバーサーカーを撃退。

強化、投影を行ったせいで、俺の魔力が空に。

バーサーカーの一撃で身体がずたぼろ。

結果、ばたんきゅー。

って、

「何で俺、無事なんだ!?」

一番ひどいはずの腕もきれいに治っている。

考えてみれば、ついさっき顔を洗うときにも全然平気で動かせてたし。うーむ?

頭を捻る俺の前で、遠坂がティーカップをソーサーへと置く。

「目も覚めたみたいだし、そのことも含めて聞きたいことがあるわ」

そう言った遠坂の顔は怖いくらい真剣で、魔術師だった。

 

 

 

 

サーヴァント。

聖杯の助力を得て、抑止の輪より召喚される彼らは、英霊と呼ばれる人類の最高峰だ。

彼らの活躍は、世界に残る様々な伝承、伝説、物語で知ることが出来る。
ドラゴン
竜退治の英雄。聖剣、魔剣の担い手。神の系譜に連なるもの。

いずれも一騎当千というのに相応しい強さを持っている。

クラスという聖杯戦争のルールに押し込まれていても、その能力は人間などとは比較するのも馬鹿らしい。

たとえそれが常識の枠から外れた、魔術師という存在であっても、だ。
魔術師
人間はサーヴァントには勝てない。サーヴァントはサーヴァントでしか打倒し得ない。

それは、この冬木における聖杯戦争の原則。

……だというのに、昨晩、衛宮くんはあのバーサーカーの一撃を耐えて見せた。

その上、効果が無かったとはいえ、反撃まで繰り出した。

それだけでも信じがたいが、それ以上に信じられないのが、衛宮くんの使った魔術だ。
グラデーション・エア
 投影魔術。

戦闘に使えるはずのないその魔術で、英霊の一撃を防いだ。

しかも、彼が投影したのは、バーサーカーが持つ岩を直接切り出したかのような剣。

英霊の持ち物を投影するなんて、あまつさえそれを武器として使うなんて、魔術では不可能だ。

それでは――

 

「衛宮くん、貴方、一体何?」

「何、って……」

「貴方が使ったあの投影、あれは異常よ。それがわからないとは言わせないわよ」

「投影……」

そう呟き、彼は何事かを考え込むように視線を宙にさまよわせる。

 

何とか誤魔化そうと考えている?
       口   封   じ   を
それとも、私をどうにかしようと考えている?

 

たとえ何を考えていても、誤魔化されるつもりも、引くつもりもない。

それに、この遠坂凛を簡単にどうにかできると思わないことね。

いざとなれば、切り札の宝石も令呪も使う覚悟で衛宮くんの返事を待つ。

「あーー、……遠坂、話さなきゃだめか?」

良い誤魔化しかたが思いつかなかったのか、そんなことを言ってくる衛宮くん。

こいつは自分のやったことがわかっているのだろうか。

「衛宮くんは、話さないで済むと、本気で思っているんですか?」

にっこりと笑顔で返事をしたら、衛宮くんの顔が引き攣った。失礼な。

「いいから、きりきりと吐きなさい、衛宮くん?」

「…………はい」

 

 

 

 

 

遠坂に脅され尋問され、俺の投影について洗いざらい喋らされた。

俺の投影は武器に特化していること。

武器であれば、多少劣化するものの、宝具すら投影できること。

一度見たものなら、だいたい投影できること。等々。

自分の魔術を知られることは、魔術師として非常にまずい。

自分の手札がばれてしまうということに他ならないからだ。

そのリスクを背負ってでも投影について喋ったのは、いくつか理由がある。

気絶した俺に手を出さず、家まで運んでくれた礼だとか。

俺自身も、頭の中に流れ込んできた知識を整理したかったとか。

決して、胸倉を掴んで睨み付けてくる遠坂が怖かったわけじゃない。

…………うん、そう。多分。きっと。

「――という感じなんだが、……遠坂?」

「な」

「な?」

「なんなのよそれはーーーー!?」

「うぉ!?」

俺の説明を聞きおわり、頭を抱えていた遠坂が爆発した。

俺の魔術がいかに異常かということにはじまり、昨晩の俺の行動がどれだけ無茶だったのかということ、

しまいには、何故か遠坂の魔術が滅茶苦茶金食い虫だということまで、がーっとまくしたてられた。

正直、途中からは何を言っているのか聞き取るだけで精一杯だった。

よくこんなに口が回るなぁ、とか、学校では猫被ってたんだなぁ、とか思ったが。

ややあって、遠坂の機関銃のような言葉が止んだ。

さすがに息が続かなかったのか、肩で息をしている。

「大丈夫か、遠坂。ほら、紅茶」

「……ありがと」

カップに注いで渡してやると、くいっと一飲み。

……その紅茶、高いらしいんだけどな。

それで落ち着いたのか、遠坂は俺に向かって一言。

「ともかく、衛宮くんの魔術は異常なのよ」

そうのたまった。

「そう、らしいな」

流れ込できた得体の知れない怪しい知識も、そう告げている。

「らしいな、って。……はぁ、まあいいわ。衛宮くん。貴方の投影は、他の魔術師には絶対に知られちゃ駄目よ」

「脳味噌取り出されてホルマリン漬けにされるからか?」

「っ、そうよ。わかってるじゃない」

知識にそうあったしな。

「って、ちょっとまちなさい。それがわかってるなら、どうして私に話したの?」

「どうしてもなにも、話せと言ったのは遠坂だろ」

「あのね。話せと言われたからって素直に話す魔術師はいないわよ」

そりゃそうだ。けどまあ――

「遠坂なら信用できると思ったからな」

「ぅ」

俺の言葉に、顔を赤くする遠坂。

信用されるのに慣れてないのか?

顔の赤みはすぐにひき、代わりにため息が吐き出された。

「ふぅ、まったく甘いわね。そんなお人好しじゃ、早死にするわよ」

……お人好しは、遠坂も同じだと思う。

「何か言った?」

「いや、何も」

心の中で呟いた言葉に突っ込まれた。なんだこの勘のよさ。

「っと、そうだ。遠坂、俺なんで無事なんだ?」

記憶が確かなら、俺の両腕は再起不能レベルでグチャグチャになったはずなんだが。

腕を見る。傷跡ひとつ見当たらない。むしろ、調子が良いくらいだ。

「その腕はね、再生したのよ」

「再生?」

治療じゃないのか?

そんな俺の疑問は顔に出ていたらしく、遠坂が答えてくれる。

「そ、再生。私たちの見ている前で、あっという間に傷が塞がっていったわ。あれはもう、治療っていうレベルじゃないわね」

あれだけの傷があっという間に、か。魔術ってのは凄いもんだな。
                                         リジェネレイト
「でも、衛宮くんもすごいわね。反則的な投影に加えて、あんな強力な再生魔術まで使えるなんて」

一見褒めてるような遠坂の台詞が恐怖です。口は笑っているけど、目が笑ってないんだって。

相手にとって不足なしって感じの視線が本気で怖い。……って、あれ?

「ちょっと待て、遠坂。俺の傷って、遠坂が治してくれたんじゃないのか?」

「何言ってるの? 私たちの見ている前で塞がっていった、って言ったじゃない。私が何かするより早く、勝手に塞がっていったのよ」

勝手に、って。
         リジェネレイト
「変だな。俺は再生魔術なんて使えないぞ」

「は?」

「だから、俺は傷を治す魔術なんて使えないぞ」

あ、遠坂が唖然としてる。

「ちょっとまって。それじゃ、その腕はどういうこと?」

どういうことって言われても、

「俺にもさっぱり」

口に手を当てて思案する遠坂。

「そうなると、原因はサーヴァントね。見たところセイバーには自然治癒の力があるみたいだから、

 それがラインを通って衛宮くんに流れてるんじゃないかしら」

なるほど、ありそうな話だ。

昨夜の戦闘でも、重傷クラスの傷を僅かな時間で治していたし。

あれだけぼろぼろになった腕が治ったのは、素直にありがたい。とはいえ、

「でも、だからってあまり無茶はしないこと。今回は助かったけど、次もうまくいくなんて保障はないんだから」

その通り。何で治ったのか確証が無い限り、この再生能力をあてにするのは止めておいた方がいいだろう。

いざ怪我をしたときに治りませんでした、じゃ冗談にもならない。

「ふうん、その顔を見る限りじゃ、ちゃんとわかってるみたいね」

「あぁ、心配してくれてサンキュな」

「べっ……、別に心配なんかしてないわよ! これはただの忠告! 衛宮くんはちゃんと釘刺しておかないと、また同じことをやりそうだから」

「あ、ああ……」

普通、それを心配してるって言うんじゃ……。

「何よ?」

「いや別に」

なんかすごい眼で睨まれたので、余計な思考はゴミ箱へ捨てておこう。身の安全は大事だ。

「はぁ……、まあいいわ。それで衛宮くん、貴方、これからどうするつもり?」

これから、か。とりあえず、

「朝飯を食べるつもりだ、け……ど」

「衛宮くん?」

「ハイ」

怖い。遠坂が目茶苦茶怖い。なんか真っ赤なオーラを纏っていらっしゃる。

ついでに言うと、その笑顔が与える威圧感は本職の悪魔もびっくりです。

「私は真面目な質問をしたの。貴方も真面目に答えてくれるかしら?」

「イエス、マム」

聖杯戦争をどう生き抜くのか。

戦うのか。

逃げるのか。否、今更逃げることは出来ないし、逃げる気も無い。

ならば、考えるべきはどう戦っていくのか。

しばしの思考の後、俺は口を開いた。

 

 


Fate/possesserの第九話をお送りいたしました。

……あれ? 全然進んでない。

本当なら学校に行ったりするところまで書きたかったのですが。

……ふっ、儚い夢でした。orz

この調子だと、完結するまで100話以上かかるんじゃ――。

――考えると怖いので、無心で書き続けたいと思います。書き続けていれば、いつかは終わるさ。多分。

 

更新も話の進み方も遅いSSですが、よろしければこれからもお付き合いくださいませ。

 

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