唸りを上げて迫り来る岩の剣。

狂戦士の恐るべき膂力で振るわれるその剣は、凄まじいまでの威力を誇る。

英霊すら打倒せしめるその一撃を前にすれば、脆弱な人の身など盾にもならない。

バーサーカーの一撃が俺を粉砕するまで、あと瞬き一つ分の時間もないだろう。

 

――――ドクン

 

感覚が、暴走する。

確実な死を目前にして、あらゆるリミッターが解放された。

目に映るもの全てが限りなくスローに見える。
                               イリヤスフィール
迫り来る暴力も、バーサーカーの後ろで悠然と佇む白い少女も、こちらへ指をさし魔術を使おうとしている遠坂も、

焦りの表情を浮かべながらこちらを見るセイバーも。

今の俺は周囲の全てが把握できる。

 

――――ドクン

 

解放された感覚で得た情報を元に、目の前の状況の打開策を思考する。

解放されたのは脳のリミッターも同じだったようで、かつてないほどに早く頭が回転する。

そうしている間にも、じりじりと死を運ぶ一撃が迫ってくる。

考えろ。

時間を止めているわけではないのだから、俺に残された時間は極々僅かでしかない。

考えろ。

半径10m以内の空間は全て把握している。情報量は十分。あとは、これらを使って打開するのみ。

考えろ。

回避。否。この距離で音速に近い一撃を回避することは、人の身では不可能。

考えろ。

防御。いかに強化しても、人の身ではこの一撃を耐えることなどできない。

考えろ。

ならば、俺に残された手段は――――!

 

 

 

 

Fate/possesser

第八話 投影

 

 

 

 

セイバーが吹き飛ばされるのを、俺は信じられない気持ちで見ていた。

つい一瞬前までバーサーカーを圧倒していたセイバーが、一撃、たった一撃でぼろぼろになってしまっていた。

なんとか剣を合わせることで直撃は避けたようだったが、それでもかなりのダメージをうけている。

傷一つ無かった鎧はあちこちに罅が入り、華奢な身体は流れ出る血に塗れている。

信じられないのは、今までバーサーカーが狂化していなかったということだ。

脳を蝕む頭痛を堪えながら、“記憶”から情報を引き出す。

 

――バーサーカー。理性をなくし狂わせることで戦いに特化させるクラス。

   助言者としての機能を失う代わりに、全ての能力が底上げされる。――

 

つまり、バーサーカーはクラスの修正を受けていない、元々の能力でセイバーと打ち合っていたということだ。

さっきまでセイバーが優勢だったとはいえ、その差は決して大きなものではなかった。

小さな気の緩み一つで簡単にひっくり返ってしまうような、その程度の差でしかなかったのだ。

そして、“狂化”したバーサーカーはその差を埋めて余りあるほどの能力を誇る。

ゆえに、目の前の光景は必定。そして、

「いいわ、バーサーカー。そいつ再生するから、首を刎ねてから犯しなさい」

これから起こることも、また必須――――

 

「そんなの、認められるか――!」

 

叫び、駆け出す。同時に魔術回路を開き、身体に“強化”の魔術をかける。

セイバーのところまで、全力で走る。“強化”された今の脚なら、三秒とかからずにたどり着ける。

だが、遅い。

バーサーカーがセイバーの首を刎ねるのに、一秒もかからない。

くそっ、もっと速く、もっと速くだ――!

いかに念じようとも、既に身体は限界の速度で動いている。

――――間に合わない。このままではセイバーは、死ぬ。

死ぬ? また、目の前で人が死ぬのか。また、助けられないのか。

駄目だ。それは駄目だ。それだけは認められない。

なにか、なにか方法は無いのか。セイバーを助ける方法は。

力が、理不尽な死から助け出せる力が欲しい――――!

 

――――制限、限定解除。possesser、能力、一部開放――――

 

瞬間、身体が爆ぜた。

いや、爆ぜたかと思い違えるほどに加速した。

先程までとは比べ物にならない、そう、あのランサーに迫ろうかという速さだった。

何故、などという余計なことは考えない。無茶な動きに悲鳴を上げる骨格と筋肉を無視し、ただ無心に走る。

秒すらかからずセイバーの元へたどり着き、勢いを緩めないままセイバーを抱えて思い切り前へと跳ぶ。

そのすぐ後ろを、バーサーカーの一撃が唸りを上げて通過する。

「っ!!」

直接当たったわけでもないのに、風圧だけで身体がちぎれそうになる。

だが、避けきった。

バーサーカーの一撃を、まさしく髪一重だったが避けきった。

跳躍の勢いを殺すことができず、セイバーを抱えたまま地面を転がる。

「セイバー、無事か!?」

「シ、シロウ……?」

何度か転がることで勢いが弱まり、動きが止まるのすらもどかしく抱えていたセイバーの安否を確認する。

セイバーは何か驚いたようにこちらを見るが、かまっていられない。手早くセイバーの身体を確認する。

……よかった。どうやら無事みたいだ。バーサーカーにやられた傷も、もうふさがり始めている。

よし、だったら、

「あとは、アイツをどうにかするだけだな」

立ち上がり、前を見据える。そこには、こちらへと振り向く巨人の姿。

「■■■■■■■■■■――――!!」

大気を揺るがす咆哮と共にバーサーカーが駆け出す。

(速い――――!)

10m以上あった間合いが、瞬く間に詰められる。

冗談じゃない。何か行動を起こす暇もあったもんじゃない。

一瞬で互いの距離は無くなり、俺ごとセイバーを両断しようとバーサーカーの岩の剣が振るわれる。

「くっ……!」

咄嗟にセイバーを突き飛ばす。

「な……! シロウ!?」

まだ傷の塞がりきっていないセイバーは、思いのほかあっさりと突き飛ばせた。

あれならば、バーサーカーの一撃の範囲外まで逃げられる。

問題は、こっちにある。

セイバーを突き飛ばしたおかげで体勢が崩れている。この状態では回避は不可能。

もっとも、万全であっても回避なんかできないだろうが。

バーサーカーの一撃がゆっくりと迫ってくるのが見える。

どうやら、死を前にして脳内麻薬が過剰分泌されているらしい。

だが、見えていても身体がついてこない。加速した世界にいるのは意識だけで、身体は常と同じ時間にある。

だから、俺に許されたのは考えることだけ。

頭を限界まで稼動させ、この状況を打開する方法を考える。

あぁ、しかし、それも無駄なことだ。

 

なぜなら、俺は既に“識っている”のだから。

 

この状況を打破する方法なんて、考えるまでも無い。その方法は、元より己の中にあった。

“今の俺”になら、その方法が使える。

バーサーカーの岩の剣が迫る。もうすぐ目の前まで接近したそれを見ながら、


       トレース オン
「――――投影、開始」

 

その呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

 

「うそ、なにそれ……」

私は目の前の光景に絶句した。

私の目には、クレーター状になった地面が映っている。

半径1mにも及ぼうかというそのクレーターは、バーサーカーの一撃によって作り出されたものだ。

これほどの威力、まともに受ければたとえ英霊であっても無事ではすまないだろう。

けど、私が驚いたのはそこではなく、クレーターの中心の光景だった。

そこには、岩の塊のような剣を振り下ろしたバーサーカーと――――まったく同じ武器でその剣を受け止めた衛宮くんの姿があった。

「ぐ……」

衛宮くんが小さくうめき声を上げる。それと同時に、抱えるように剣を握っていた両腕から鮮血が吹き出した。

見れば、彼の腕には無数に裂かれた傷があった。おそらく、バーサーカーの一撃の威力に彼の腕が耐えられなかったのだろう。

だが、それは異常だ。

サーヴァントすら打倒せしめる一撃を受けて、ただの人間がその程度の負傷で済んでいるのだから。

いかに身体を強化したところで、元は脆弱な人の身体。サーヴァントの一撃に耐えられるはずも無い。

だから、彼の身体は異常だ。

そして、それ以上に彼の使った魔術は異端だった。

私、遠坂凛は優秀な魔術師である。その自負もあり、事実としてそうでもある。

故に、衛宮くんの使った魔術にも見当はついている。

投影魔術。

グラデーション・エアともいわれるその魔術は、魔力によってオリジナルの鏡像を物質化するものだ。

衛宮くんが使った魔術は、十中八九これだろうと思われる。

けれど、それはありえない。

投影魔術では、英霊の一撃を防げるはずがないからだ。いや、英霊の一撃どころか、投げられた小石すら防ぐことはできない。

何故なら、投影で創り出されたものは、外見だけを似せた、よくできたガラス細工のようなものだからだ。

少しの衝撃で簡単に砕け散るようなものでは、盾になんてなりはしない。

なのに、衛宮くんはバーサーカーの一撃に耐えて見せた。

それは、“普通”から外れた魔術師から見ても、なお異常なことだ。

「衛宮くん、貴方、一体……」

 

 

 

 

「ぐ、が……あ……」

痛い。両腕が痛くてたまらない。

血が目茶苦茶出ているのが実感としてわかる。このままだと、下手すれば死ぬということも。

だが――――、動く。

身体はまだ動く。傷ついた両腕も、死ぬ気でやればまだ動かせる。

そして、武器もある。“強化”した腕でもなお重く感じるほどの重量感。

それを腕の感覚で確かめ、深く息を吸う。

狂戦士にも驚くという感情が残っていたのか、はたまたマスターの驚愕に引きずられたのか、バーサーカーはその動きを止めていた。

だが、狂戦士はあと秒も待たずに再び動き出すだろう。

その証拠に、いまだ加速したままの感覚が、バーサーカーの筋肉に力が込められたのを知覚した。

故に、この身に残された時間はあと数瞬。

バーサーカーが動き出すより早く、こちらが動く――!

「お、おおおぉぉぉぉ――――!」

腕を“強化”し、力任せに剣を振るう。

剣の重量と相まって、その威力は相当なものになっているはずだ。

だが、

「■■■■■■■■■■――――!!」

そんなもの、バーサーカーの前では微風に等しい。

咆哮と共に繰り出された一撃により、俺の一撃はあっさりと迎撃された。

そして、

「ぐっ……が……」

その衝撃で、腕がいかれた。ぶちぶちと何かが切れる音がして、俺の手から岩の剣が飛んでいった。

そして、無手となった俺に迫るバーサーカーの二撃目。

防ぐ方法は皆無。

避ける方法は絶無。

投影すらも間に合わない。

絶対的な、避け得ない死が迫る――――。

だが、

「はあああぁぁぁ――!」
       セイバーがいる
俺にはまだ、剣がある――!

疾風のごとくあらわれ、セイバーはバーサーカーと剣を合わせる。

裂帛の気合と共に振るわれたセイバーの剣は、一瞬の膠着の後、

「あああぁぁ!」

バーサーカーの巨体を弾き飛ばした。

「大丈夫ですか、シロウ……!」

油断無く構えたまま、こちらを気遣うセイバー。

その身体には先程までの傷はなく、その姿はまさに威風堂々。

剣の英霊と呼ぶのに相応しい姿だった。

「あぁ、なんとか大丈夫だ。そっちこそ平気なのか」

「えぇ、この身がいたらないばかりにシロウを危険にさらしてしまい、申し訳ない。ですが」

いったん言葉を止めるセイバー。

それと同時、セイバーの持つ不可視の剣から凄まじいまでの風が吹き荒れる。

「もう負けはしない。シロウ、勝利を貴方に」

喋る間にも、風はどんどん勢いを強くしていく。

いや、周囲を吹き荒れるのは風だけではない。恐ろしい量の魔力が渦を巻いている。

それに気付いたのだろう。遠坂もイリヤスフィールも目を見張っている。

そして、あのバーサーカーでさえもその動きを止めている。

さらに強まる魔力。それに何を感じたのか、バーサーカーが剣を構え、防御体勢をとる。

「ゆくぞ、バーサーカー。我が剣を受けきれるか――!」

宣言と共にセイバーが剣を振り上げ、そして――――

 

「駄目っ! 退きなさい、バーサーカー!」

 

振り下ろすより早く、少女の声によりバーサーカーが下がった。

セイバーは突然さがった敵に訝しげに眉を寄せている。剣は構えたまま、いつでも振り下ろすことができるように保っている。

「イリ、ヤ……?」

まずい、本格的に身体がやばいようだ。

バーサーカーがさがったのを見て少女に話しかけようとしたのだが、声を出すだけの力も残っていなかったらしい。

掠れるような声で、名前を途中までしか呼べなかった。

こんなんじゃ、説得も交渉もできやしない。

だが、白い少女は驚いたように目を見開き、

「今日のところは見逃してあげる。お兄ちゃんは一番最後に殺してあげるね」

無邪気な笑顔で歌うように告げ、夜の街へと消えていった。

「な! 待て――!」

「セイバー、追うな――!」

背中を見せて去って行く敵を追おうとするセイバーを止める。

理由はわからないが、相手が引いてくれたのだ。あえて追うことも無いだろう。

「シロウ、しかし……!」

そして何より、そろそろ俺が限界だったりする。

さっきセイバーを止めるために出した声が、最後の力だったらしい。

視界が暗転し、身体から力が抜けていく。

意識を失う寸前、

「シロウ――!?」

「衛宮くん――!?」

俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした――。

 

 


Fate/possesserの第八話をお送りいたしました。

ようやくバーサーカーとの戦闘が終わりました。っていうか、八話目でまだこれだけしか進んでないってどうよ!?

他所様のSSを見ても、こんなに進みの遅いSSはそう無いですよ。うぁー。

でも、書きたいこと書いてると、どうしても長くなっちゃうんですよ。なので、話の進み方はずっとスローペースなままかと思います。

こんなSSでよければ、これからも読んでやってください。それでは、サイツェン。

 

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