深夜。

静かなはずの街に、音が響く。それは金属と岩がぶつかる音であり、日常生活ではあまり聞くことの無い音だ。

音源となるのは、二つの人影。

片方は、小柄な身体に物々しい甲冑を着込んだ少女。彼女はその手に見えない何かを構えるようにして、縦横無尽に疾駆する。

もう片方は、2メートルをはるかに越える巨漢。少女と比べると圧倒的な巨躯を誇る巨人の手に握られるのは、

彼に相応しい質量を持った岩の剣。まるで岩そのもののような剣を振り回し、巨人は暴威を振るう。

大人と子供ほども違う二つの影が、共に武器を振るう。

再び奏でられる音。

少女の持つ見えない何かと、巨人の持つ岩の剣は一瞬交わり――、互いに弾かれて軌道をずらす。

そして息をつく暇も無く、互いの武器は幾度と無く振るわれる。

標的に当たらず外れた岩の剣は、代わりとばかりに周囲の全てを薙ぎ払う。

そこに例外は無く、巨人の回りにある、あらゆる物質は塵芥へと変わる。

いや、その中で未だ威風堂々と立つ少女こそが唯一の例外か。

恐るべきは、巨人の巻き起こす破壊の嵐か。その渦中において、傷一つ無い少女の身のこなしか。

両者は止まることなく武器を振るい、互いを倒さんと戦い続ける。
       ダンス                      
その激しい武踏に余人の入る隙など無く、衛宮士郎/羽山煉迦はただ見ていることしか出来なかった。

 

 

Fate/possesser

第七話 戦闘

 

「ねぇ、お話はまだ終わらないの?」

その鈴を転がすような声の聞こえたほうに身体ごと振り向く。

そこには、まるで雪の妖精の如き、白い少女が立っていた。

その少女は、俺が“俺”になったその日に出会い、謎めいた言葉をかけて去っていったその人だ。

その時はなんてことのない日常のワンピースとして、特に記憶にとどめることも無かった。

だが、今ならわかる。

この白い少女もマスターであり、マスターの兆しを見せていた俺に忠告――いや、催促をしていたのだろう。
   戦場
早く舞台にまで上がって来い、と。

その証拠に、少女の傍らには、付き従うように佇む異形の影があった。

その影は岩のように重く、巨大で、死神のようにこちらへ絶望を運んできた。

「こんばんは、お兄ちゃん」

少女が無邪気に挨拶をしてくる。だが、こっちには暢気に挨拶を返す余裕も無い。

少女の傍らに立つサーヴァントから眼が離せない。眼を離せば、その瞬間に死ぬという予感がある。

身体中の細胞が危険信号を発している。

「っ、やばい。桁違いだわ、アイツ――!」

遠坂が苦い声で呟く。それも仕方が無いだろう。

あの異形のサーヴァントは、文字通り桁違いだ。

セイバーやランサーも凄まじい魔力と存在感を持っていたが、アレはそれらを軽く凌駕する。

「はじめまして、リン。私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

固まっている俺達に、少女はスカートの端を持ち上げ場違いなほど丁寧なお辞儀をした。

「アインツベルン――」

少女が名乗った名前に覚えがあるのか、遠坂が呟くように繰り返す。
                                システム
アインツベルン。遠坂、マキリと並び、聖杯戦争という儀式を作り出した魔術師の一族。

「……っ」

また、知らない“知識”が頭に流れ込む。同時に感じる頭痛を頭を振って追い出す。

今必要なのは知識ではなく、現状を打破するための手段だ。

だが、俺が何かを考えるより早く、

「それじゃ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

少女の無邪気な宣告が下された。

 

「■■■■■■■■■■――――!!」
      
バーサーカー
少女の声と共に、狂戦士は声にならない雄叫びをあげながらこちらへ突進する。

まるで岩が向かってくるかのような重圧感を伴うそれに、

 

「はあああぁぁぁ!」

 

セイバーは真正面から迎え撃った。

バーサーカーの岩の剣とセイバーの不可視の剣がぶつかり合う。

一瞬の硬直の後、両者は再び一撃を放つ。

巌のごときバーサーカーと見た目が少女のセイバーが互角に打ち合う様は、一種異様な光景だった。

しかし、互角に見えた戦いに動きがあった。

少しずつセイバーが押され始めたのだ。バーサーカーの一撃を受け、その勢いに負けてセイバーの小柄な体が吹き飛ばされる。

宙で姿勢を整え足から着地するセイバーの元へ、バーサーカーの追撃が迫る。

それをかろうじてかわし、再び剣を構えるセイバー。

そんなことを繰り返し、いつの間にか戦場は最初の場所から随分と遠ざかっていた。

「って、見てる場合じゃない!」

見れば、遠坂は既にセイバー達を追って走り出していた。

「ちょ、待て、遠坂!」

「何してるのよ。とっとと追いかけるわよ、衛宮くん」

「あぁ、もう」

展開に置いていかれている自分を自覚しながら、俺は剣戟の音と遠坂の後姿を追いかけるために走り出した。

 

 

 

「ふっ――!」

幾度目かの剣戟の後、私はようやく目的の場所へとたどり着いた。

私が今いるのは、無機質な墓石が並んだ墓地だ。

そして、私の前には私と同等以上の能力を誇る"敵”の姿。

狂戦士たる敵は、目に映る私を排除しようと手に持つ岩そのもののような剣を振り上げながら突進してくる。

彼の一撃は何の技術もない、力任せの一撃だ。だが、それを振るう身が尋常ではない。

当たれば、この身を包む鎧すら容易く粉砕するだろう。

故に、私はその一撃を横に跳躍することでかわす。

剣で受ければ、あの威力だ。僅かなりとも体勢が崩れてしまう。

並みの敵ならばそれでも斬り捨てる自身はあるが、彼の狂戦士が相手ではそれが命取りになる。

既に何撃かを剣で受けたが、後ろに跳んで衝撃を逃がすことで事なきを得ている。

しかし、このままでは私に勝ちは無い。

相手の攻撃を受けるだけでは、相手を倒すことなどできないのだから、当然のことだ。

(しかし――)

再び岩の剣が私に迫る。私はそれを、

「はぁぁ――!」

前に進むことで回避し、すれ違い様にバーサーカーを斬りつける。

斬りつけられた彼のわき腹から、血が噴き出す。

だが、浅い。この程度では、致命傷には程遠い。

バーサーカーはその傷を気にも留めず、岩の剣を薙ぐように振るう。

それを――墓石を破壊することによって僅かに速度の落ちたその一撃を、私は跳躍することでかわす。

そして剣を振り落ろし、彼に二つ目の傷をつける。

(しかし、それもここまでです)

ここでなら――この墓石という障害物が並ぶこの場所でならば、私が勝つ。

「はああぁぁぁぁ――――!」

「■■■■■■■■■■――――!!」

魔力も十分、場所も最適。 ならば、私が負けることなどありえない――!

 

 

 

ようやくセイバーに追いついた俺達を迎えたのは、激しい剣戟の音だった。

目に入るのは、バーサーカーと互角以上に戦うセイバーの姿。

バーサーカーの嵐のような破壊の渦をセイバーは全てかわしきり、反撃すらできている。

無傷なままのセイバーと、少しずつ、だが確実に傷ついていくバーサーカー。

先程押されていたのが嘘のような光景だった。

「衛宮くん、こっち」

と、声をかけられ、強く引っ張られた。

引っ張り込まれたのは墓石の影で、そこには俺の腕を掴んだ遠坂がいた。

「何ぼーっと立ってるのよ。あれに巻き込まれたら、あなた死ぬわよ?」

「あ、あぁ、悪い、遠坂」

答えながら、墓石の影にしゃがみこむ。

そして、脇から顔だけ出してその戦いを見る。

戦いは、依然セイバーが優勢だった。

バーサーカーの攻撃はセイバーにかすりもせず、セイバーの攻撃はバーサーカーを確実に傷つける。

一回につく傷は小さいが、それも繰り返せば馬鹿にならない負傷になる。

既にバーサーカーは全身いたるところに傷がある。あれだけの数の傷ならば、流れ出る血の量も相当なものだろう。

血液を失えば、失った分だけ体力も減っていく。

いかに狂っていようとも、血が必要な分だけ足りなければ体を動かすことはできないだろう。

この戦い、セイバーの勝ちだ。

もちろん、油断すれば一撃で逆転されてしまう可能性もある。だが、そんなことは戦っているセイバーが一番わかっているだろう。

「これが最優のサーバント、セイバー。……あぁ、もう、なんで召喚したのが私じゃなかったのかしら!」

と、横からそんな声が聞こえてきた。振り向けば、なんかえらく悔しがっている遠坂がいた。

「と、遠坂?」

おそるおそる声をかけてみる。うわ、こっち見てため息つきやがった。

「と、遠坂さーん?」

「なんでこんなへっぽこにセイバーが……」

「へ、へっぽこって……」

遠坂の様子は別に嫌味を言ってるようではなく、思わず本音の愚痴が漏れたという感じだ。

それだけに、心に突き刺さる。

そんな微妙に落ち込んだ俺の耳に、一際大きい激突音が届いた。

顔をそちらに向ければ、セイバーとバーサーカーが少しの距離を置いて対峙していた。

両者の様子を見る限り、もはや勝負は決したといっていい。

片やセイバーは傷ひとつなく、騎士の名に相応しく凛々しい姿で立っている。

片やバーサーカーは全身が傷と血にまみれ、まさに満身創痍といった風情だ。

そこには、端から見てもわかるほどはっきりとした優劣があった。

あとは、セイバーが決めの一撃を打ち込めばバーサーカーは倒れるだろう。

いかにあれほどの巨躯とはいえ、あれだけのダメージを受けてしまえば倒れる寸前の大木と同じだ。

そう、魔術師として2流どころか、遠坂にへっぽこ魔術師の烙印を押される俺でさえそのことはわかる。

それなのに、何故あの子はあんな平然とした顔をしているんだ?

そんな疑問をよそに、セイバーがとどめを刺さんとバーサーカーへ疾走する。

その動きはこれまでのどの動きより速く、確実にバーサーカーを屠れるものだ。

だが、それなのに俺の中の何かが激しく警鐘を鳴らしていた。

その予感に逆らわずに、叫ぶ。

「セイバー、さがれ!」

「シロウ!?」

物陰から出てきた俺に、セイバーが驚愕の目を向ける。

しかし、身体は依然バーサーカーへと近づいていく。

っ! 間に合わない!

無駄だとわかっているがセイバーを止めようと走り出した俺の耳に、

「狂いなさい、バーサーカー」

白い魔術師の声が響いた。

その声が響くと同時、バーサーカーの威圧感が倍増した。

その瞳は紅い光を放ち、身に纏う魔力は先程までの比ではない。

そして振るわれる狂戦士の一撃。それは先程までよりも数段速く、強いものだった。

振るわれる先にいるのは剣の騎士。バーサーカーと肉薄していた彼女は、振るおうとしていたとどめの一撃を咄嗟に岩の剣に合わせ――、

「セイバー――!」

その場にとどまることも出来ず、思いっきり吹き飛ばされた。

 

 


Fate/possesserの第七話をお送りいたしました。

バーサーカーとの戦闘でしたね〜。

原作では押されていたセイバーですが、この話ではとある理由により本来の力を発揮できています。

その理由をどうやって明かすかが、今後の課題ですかね。

話の流れに任せて書いているもので、書いている本人も先が読めないのですヨ。

つまり、書かなければ作者も続きがわからない。

これぞ、作者も読者も楽しめる話という――、ああ、ごめんなさい。うそです。石を投げないで。

まぁ、なにはともあれ、ここまで読んでくださってありがとうございます。

まだまだ続くので、よろしければこれからもお付き合いください。

 

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