今まで、衛宮士郎/羽山煉迦は特に神というものを信じていなかった。
というよりは、神というものについて深く考えることをしなかった、というべきか。
この日本に住む人間ならば、皆そういうものだと思う。
様々な宗教を、否定もせず、かといって肯定もせず。寛容であるというより、多分に無関心なのだろう。
色んな宗教の行事をお祭り騒ぎに仕立て上げているのは、この国ぐらいじゃないだろうか?
俺も多くの日本人と同じように、キリスト教というものにさしたる興味も理解もなかった。
せいぜいが、世界で一番有名な宗教ということを知っていれば十分だったし。
故に、今までは特にキリスト教を否定するつもりはなかった。そう、ほんの五分前までは。
俺のキリスト教に対する認識を、たった五分で変えてくれた原因は、目の前にいる男だった。
筋骨隆々とした身体を神父服で包んだその男の名は、言峰綺麗。今回の聖杯戦争の監督役らしい。
立場としては、完全に中立……といってはいるが、滅茶苦茶怪しかった。
どう見ても、裏で悪巧みを画策してそうだ。顔とかしゃべり方とか性格とか雰囲気とか。
俺、こいつのことは好きになれそうにない。っていうか、積極的に嫌いだ。
Fate/possesser
第六話 幕間
俺は今、何故か教会の中に居た。
遠坂の説明、セイバーとの話が終わった後、遠坂に連れてこられたからだ。
遠坂曰く、今回の聖杯戦争の監督役がいるとのことだ。
同じ街にあるというのに、俺は今まで教会とは縁がなかった。
いや、違うか。この場所へ来ることを、意識的に避けていたんだ。
10年前、冬木の街ではすさまじい大火災が起こった。
俺
突如として起こったその火災による被害は、数百人にも及んだ。衛宮士郎もその被害にあった人間の一人だ。
その火災によって、俺は家族を失い、帰るべき家も失い、あげくの果てには自分の中に一切すらも失った。
オヤジ
それでも、切継に引き取られただけ、俺はまだましだったのだろう。
俺と同じように親を亡くし、引き取り手がいなかった子供たちは、教会でまとめて引き取られたということだ。
正直、彼らとどんな顔をして会えばいいのかわからない。
新しく親を、家族を手に入れてしまった俺が、彼らにどんな言葉をかければいいのか。
彼らのことは気になっていたが、あわせる顔が無かった。交わすべき言葉が見つからなかった。
だから、この十年間、この場所に足を運ばなかったのだろう。
聖杯戦争なんてものに巻き込まれて来る事になるなんて、思いもしなかったが。
教会の中は、思っていたよりもずっと静かだった。
いや、今の時間を考えると騒がしいほうが問題あると思うが、それでも静かすぎた。
暗く、重く沈んだ雰囲気は、まるで廃墟のようにも感じる。
こんなところに住める人間というのは、言っちゃ悪いがかなりイイ感性をしていると思う。
そして、そのぶっ飛んだ感性の持ち主が、今、俺の前にいた。
遠坂の呼び声に答えて教会の奥から出てきたその男は、言峰綺麗と名乗った。
その男を見た瞬間、俺は恐怖を感じた/絶対に相容れないと思った。
衛宮士郎と羽山煉迦、そのどちらの感性でも言峰にいい印象は持てなかった。
と、遠坂と話していた男がこちらに顔を向けた。
「――少年、君の名はなんという?」
「衛宮、士郎」
できれば名乗りたくも無かったが、聞かれたからには答えるべきだろう。ただ、
「衛宮……」
俺の名前を聞いた後、一瞬驚いたように嘆息し、それから邪悪な笑みを浮かべたこの男を見ると、
名乗らなかったほうが良かったんじゃないかと不安になる。
その後、聖杯戦争のルールについての補足や参加の意思の確認などを済ませた。
それでわかったことは、目の前にいる男は決して信頼してはいけない人物だということだ。
羽山煉迦の“記憶”には、言峰神父と似たような人物もいた。まぁ、ここまでヤバイものではなかったが。
その“記憶”による“経験”が告げている。彼の神父は、能力を信用しても背中を預けるほど信頼してはいけない、と。
その判断を裏付けるように、言峰は“衛宮士郎”の心にある傷口を広げるように話をし、それを楽しんでいるようだった。
正直、今の“俺”でなければ、言峰の言葉でかなり揺さぶられていたと思う。
けど、今の“俺”ならば、そこまで奴の言葉に呑まれることもない。多少、心が血を流したが、それだけだ。
ただ、去り際に、
「喜べ、衛宮士郎。お前の願いは、ようやくかなう」
と、背後から告げた言峰の言葉が、妙に頭に残った。
「それじゃ、この辺で別れましょう」
教会を出て坂道を下ったところにある分かれ道で、私はそう告げた。
聖杯戦争について説明し、綺麗にも会わせた。ここまでやれば、セイバーを止めてもらった借りは返したと思う。
貸し借りが無くなれば、衛宮君とは敵同士になる。これ以上の馴れ合いは、心の贅肉だろう。
「この辺で、って……遠坂はこれから何処か行くつもりなのか?」
「えぇ、私はこれから新都のほうへ向かうわ。少しでも情報は欲しいから」
私の言葉に、なるほど、と頷く衛宮君。その緊張感の無い様子に、最後の忠告を兼ねて告げる。
「衛宮君、今日は見逃してあげるけど、明日からは覚悟してなさい」
「…………覚悟?」
本気でわかっていない様子で首を傾げる衛宮君。
その姿に、何故だかわからないが無性に腹がたった。
「私や他のマスターと戦う覚悟よ。明日から私とあなたは敵同士なのよ」
私の言葉に、衛宮君は少しだけ考える様子を見せ、
「ああ、そうか。でも、俺は遠坂と戦う気はないぞ」
とかのたまったくれた。
「あのね……、いいわ、これ以上言うのは余分だから言わない。けど、衛宮君に戦う気が無くても、私は容赦しないから」
そう言って踵を返そうとした私に、衛宮君の声が飛んできた。
「遠坂っていい奴なんだな。うん、俺は、お前見たいな奴好きだな」
「……っ!」
いきなり何を言うのだろう、この男は。今の会話で、どうやったらそんな感想が出てくるというのか。不意打ちもいいとこだ。
しかも、その、そう言う衛宮君の顔はうっすらと笑みを浮かべていて、それはなんら含むところの無い純粋な笑顔で。
ヤバイ。顔に血が昇っていくのを止められない。今の私の顔は、きっとかなり赤くなっているだろう。
確かに赤い色は好きだが、何も自分の顔を赤くするほどではない……って、いけない、思考が混乱している。
ともかく、落ち着かなくては。
目を瞑り、息を深く吐く。混乱していた頭を沈静化。二、三回呼吸をすれば、いつも通りの遠坂凛に――。
「大丈夫か、遠坂?」
「っ!!」
すぐ近くから聞こえてきたその声に、落ち着きかけていた精神がまた乱れた。
目を開ければ、すぐ目の前に衛宮君の顔が――。
しかも、あろうことか私の額に手を当ててきた。
「熱はないみたいだけど……。どうしたんだ、遠坂。いきなり赤くなって俯くなんて」
「なっ……、なっ……」
衛宮君の本気で心配そうな視線と額に感じる人の熱のせいで、思考がまとまらない。
ただ言葉にならない音が口から出て行くだけだった。
そういえば、人に触れられるなんて何時以来だろう?
そんな思考が頭をよぎるが、顔だけでなく頭にも昇った血は全然下がってくれない。
そうして私の頭の中と顔色が限界を迎えそうになった時、
「ねぇ、お話はまだ終わらないの?」
坂の上から、鈴を転がすような声が降ってきた。
Fate/possesserの第六話をお送りいたしました。
う〜ん、今回は微妙です。正直、この話はいらなかったんじゃないかと思わないでもないです。
てゆーか、言峰は滅茶苦茶書き辛い。共感しにくいキャラは書きにくいのですよ。
まぁ、あれですね。ラブコメを書ける人は本気ですごいと思う。
今回、蒼夜も少しだけ挑戦してみましたが、いや無理。書いてて物凄い恥ずかしいです。
何度も途中休憩をいれながら書きましたが、他のシーンの何倍も自分の中のナニカがごりごりと削られていきました。
ふー。ま、まぁ、次はバーサーカーとの戦闘ですので、割と書きやすいかと。
ともあれ、
ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます。
できれば、次回も読んでくだされば幸いです。