金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。

青い男が疾風の如き突きを繰り出せば、セイバーと名乗った少女が危なげなくそれを受ける。

逆もまた然り。

少女が旋風となってその手に持つ”何か”を振るえば、青い男はそれをかわし、逸らし、受ける。

人間の動体視力を遥か彼方に置き去りにしたような白銀と青の戦いは、まるで舞踏のように優雅ですらあった。

この俺、衛宮士郎/羽山煉迦は、庭で繰り広げられる人外の闘争を見て、そんな風に思う。

「ぐっ」

しばし高次元の戦いに見惚れていたが、頭の中心を貫くような痛みに額を押さえた。

まるで脳を針で突付かれているような痛みに必死で耐える。

そして、頭の中に流れ込んでくる、知らない/知っている記憶。

「ぐ……アァ……」

身体から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを土蔵の壁に寄りかかって何とか支える。

歯を食いしばって痛みを堪えながら、左手に視線を落とす。

そこには、奇妙な文様を描くアザ/令呪があった。

あの時、土蔵でセイバーと名乗る少女/サーヴァントと言葉を交わした際に浮かび上がってきたものだ。

このアザ/令呪を確認したセイバーは、

 

「―――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。

 ―――ここに、契約を完了した」

 

そう告げて、俺が何のことか聞く前に外へと飛び出していったのだった。

そして、この頭痛が始まったのはその直後だった。

左手にアザが浮かび上がってきた時と同じような痛みが頭に走り、その痛みが断続的に襲い掛かってきた。

その痛みたるや、槍で脳を直接かき回されているのかと思うほどだった。

しかも、痛みと引き換えだとでもいうように“記憶”が流れ込んできた。

令呪やサーヴァント、聖杯戦争などという言葉が浮かび上がってくる。

しかし、その意味を考える間も無く次の痛みが襲い掛かる。

その痛みを気合と意地と精神力で堪え、うまく動かない身体を引きずるようにしながらとにかく土蔵の外へと出た。

そこで、俺は人外の戦闘を目の当たりにし、今に至るというわけだ。

 

Fate/possesser

第四話 記憶

 

――剣戟の音がやんだ。

左手から顔を上げれば、青い男とセイバーはお互いに距離を取り、武器を構えなおしていた。

唐突に降りた沈黙を破るように、青い男が口を開いた。

「……ひとつ訊かせてもらおうか。 貴様の宝具―――それは剣か?」

「―――さあ、どうかな。 戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓ということもあるかも知れんぞ、ランサー?」

そう答えるセイバーの手にある“何か”は、やはり見ることが叶わない。

しかし、おそらくあれは――
        セイバー
「く、ぬかせ、剣使い」

そう、彼女はセイバーと名乗った。故に、その手に持つのは十中八九、剣だろう。

見えない剣。それはすこぶる厄介なものだ。

見ることがかなわない故に、その射程距離もわからない。つまり、紙一重を見切って交わすことができないということだ。

相手の射程がわからないため、攻撃一つ一つを大きく交わさなくてはならない。

それは、次の行動に移る際に大きなロスとなる。達人同士の戦いでは、そのロスは致命的だ。
           インヴィジブル・ソード
しかも、その厄介な見えない剣に、セイバーの剣技が加わるのだ。迷い無く振られるその一閃は、速く、鋭く、美しかった。

その一撃一撃が、鋼鉄すらも容易く切り裂くだろうことは想像にかたくない。彼女を前にすれば、並みの戦士では3合と持たないだろう。

そのセイバーと互角にやりあった青い男――ランサーもまた、並みの戦士ではない。

疾風という言葉が相応しい敏捷性でもってセイバーの攻撃を受け、交わし、更には反撃すらして見せた。

どちらも、今の俺ではとうてい届かないほどの高みにいた。

その剣舞に見惚れながらも、俺は心のどこかで悔しいと感じていた。

相手が人間では無い/サーヴァントであるとはいえ、その姿は人間そのもの。

そして、彼らの技は特殊能力などではなく、あくまで生身のそれだ。

正義の味方/武に携わる者として、その強さが羨ましい/悔しかった。

俺がそんなことを考えているうちに、状況が動いた。

セイバーとランサーが何事かをやり取りをした後、周囲の空間のマナがランサーの持つ槍へと集まりだした。

同時にその赤い槍から禍々しい威圧感が放たれる。

頭の中で警告がうるさいぐらいに響く。あれは、まずい。あれを使われれば、セイバーといえども無事ではすまない、と。
      トレース オン
「――――同調、開始」

身体の中の魔術回路に魔力を流し、起動。時間をかけずに一気にやった弊害で激痛が走るが、無視。

眼を“強化”し、ランサーの持つ赤い槍を“視る”。

“記憶”にあるのが本当なら、出来る筈――
            ゲイ・ボルグ
―――“刺し穿つ死棘の槍”、対人宝具、その効果は因果の逆転、“
すでに心臓に命中しているという結果”を生み出すもの―――

――っ! 頭の中に赤い槍――ゲイ・ボルグの情報が流れ込んでくる。どうやら成功したらしい。

“記憶”の中にあった衛宮士郎の数少ない魔術、“解析”。宝具なんていう規格外を解析できるか自信は無かったが、何とかうまくいった。

けど、対価としてすさまじい痛みが頭をかき乱す。宝具の持つ情報量に頭が耐え切れなかったらしい。

「ぐっ、あ……っ!」

あまりの痛みに涙が出る。なんか今日は痛い目にばかりあうな。

死んだほうがましな頭痛とそれよりほんの少しだけましな頭痛。現在進行形で痛い。

背骨が折れるかと思うほどの蹴りをくらった背中。幸い骨は大丈夫だったようだけど、あざが出来ているのは確実だろう。

槍で貫かれた心臓。もう痛みは無いけど、事実一回死んでます。

ガラスをぶち破った時に出来た傷。何故かほとんどふさがっているけど、財布の方が痛い。かなりの出費だ。

……あれ、なんでだろう? なんだか涙の量が増えた気がする。

いかん、思考がわき道に逸れた。窓ガラスのことは重大だが、後で考えることにしよう。
                       ゲイ・ボルグ
今は、あの今にも放たれようとしている赤い槍をどうにかするのが先だ。

いかにセイバーが卓越した剣技の持ち主とはいえ、あの槍の前では意味を持たない。

先に当たるという結果がある以上、放たれればあの槍は必中必殺。

セイバーが人間以上の存在であることは俺にもわかるけど、人の姿をしている以上、心臓を貫かれればただじゃすまないだろう。

しかし、そこまでわかっていても、俺には打つ手が無い。

脳が許容量を超える情報の入力と、宝具の解析による過負荷で悲鳴を上げていて、体を動かすことなんてとても出来ない。

こうしている今だって激痛で意識が吹き飛びそうなのだ。指一本だって動かせそうに無い。

激痛でぐちゃぐちゃになった頭で、無理矢理に打開策を考える。

思考する。思考する。思考する。

だが、何一つとして思い浮かばないまま、

    ゲイ・ボルグ
『刺し穿つ死棘の槍』」

 

死をもたらす槍は、放たれた。

赤い槍は閃光となり、ありえない軌道でもってセイバーの胸へと迫る。

セイバーが咄嗟に身体を捻るようにして槍をかわそうとするが、それすらも予定調和とばかりに槍は軌道を変え、少女の胸を貫

「迎撃しろ、セイバー」

く前に、少女の持つ見えない剣によって弾かれていた。

弾かれた槍は回転しながら空中を飛び、持ち主の下へと戻る。

「「な――!」」

槍を防がれたランサー、防いだセイバー、両者共に驚きの声を上げた。

二人の視線の先にいるのは、息も絶え絶えで、今にも倒れそうな、俺。

実際、意識が朦朧としており、もう外からの情報はほとんど処理できていない。

ただ、左手がひどく熱い。“記憶”によれば、令呪を使ったせいらしい。

本当にギリギリのタイミングで“記憶”の中からどうにか出来そうな手段を見つけたんだが、どうやら間に合ったようだ。

令呪は3回しか使えないらしいが、あの状況でとっておいて、セイバーが死んでしまったら意味が無い。

今の使い方は、我ながらナイスだったと思う。

「ちっ、まさか令呪で防がれるとはな。坊主が令呪を使ってくるとは思ってなかったぜ」

ランサーが何か言っているが、もう俺の耳には届かない。

聞こえてはいるんだけど、脳にそれを処理するだけの余裕が残っていない。

「ったく、参った。宝具を使うからには一撃で仕留めなくちゃならないんだがな」

「先の宝具はゲイ・ボルグ。……御身はアイルランドの光の御子か!」

「ちっ、有名すぎるってのも考え物だな」

セイバーとランサーが何か言い合っているが、なーんも聞こえない。というか、ヤバイ。意識が断続的になってきている。

ほんの僅かに残っていた外界の情報も処理できなくなってきたらしい。まるでカーテンをかぶせるように意識がすーっと無くなっていく。

――駄目だ。もう……限界……。

 

 

 

後ろで何かが倒れる音がした。

ランサーから注意を外さずに後ろを確かめると、そこには私のマスターが倒れていた。

うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かないマスターに一瞬意識がいった。

その一瞬で目の前にいたはずのランサーは、私の間合いの外まで下がっていた。

「マスターが帰って来いと言うんでな。悪いが今回はここまでだ」

「逃げるのか、ランサー」

ランサーの言葉は私にとって少々意外だった。

彼の気質ならば、例え宝具を防がれたからといってそう容易く退きはしないだろう。

だが同時に、マスターの命令という部分に納得もいっていた。

マスターの持つ令呪は、サーヴァントの意に沿わないことも行わせることが出来るからだ。

そのことを意識すると、胸に苦いものが湧き上がる。

(そう、そのせいで私は――)

だが、今はそんなものに囚われているときではない。

その感情を押し殺し、ランサーを追撃するために構える。

「追って来るのはかまわん。だが、死の覚悟くらいはしておけ」

ニヤリと笑い、塀の上へ飛び乗るランサー。私は彼を追わんと駆け出し、

「そこで寝ている坊主にもよろしく言っといてくれや」

その言葉に足を止める。

ランサーを追うべきか、マスターの下へ駆けつけるべきか。

一瞬の躊躇。その一瞬の間に、ランサーは夜の闇へと消えていった。

一度見失った以上、あれだけの俊敏性を持つランサーに追いつける可能性は皆無だろう。

そう判断し、私はランサーを追うことを諦め、マスターの下へと足を向けた。

 

「これは……」

私がマスターの下へたどり着いたとき、赤い髪をしたその少年は酷い状態だった。

顔は真っ青に染まり、呼吸はしていないのと同じくらいか細い。地面に投げ出された肢体には力が全く入っておらず、

簡潔に言えば瀕死の状態だった。

「何故、こんな……」

少なくとも、私を召喚したときはこのような状態ではなかったはずだ。多少の怪我はあったが、ここまで酷い状態に陥るものではなかった。

健康な者をここまで急速に衰弱させるものといえば――、

「――呪いか」

先程戦ったランサーは、その宝具の推測するに、アイルランドの光の御子、クー・フーリンだろう。

クー・フーリンは影の国でルーン魔術を習った一流の魔術師と聞く。彼ならば、人間の魔術師に呪いのルーンを刻む位、わけはないだろう。

しかし、この状況はまずい。私は呪いを解く手段を持ち合わせていない。

このままではマスターは遠からず息を引き取り、私は今回の聖杯戦争からリタイアすることになる。

それは、私にとってとても好ましくない事態だ。

聖杯を手に入れるための機会を、みすみす棒に振るわけにはいかない。

私はうつ伏せに倒れていた少年を仰向けに抱き起こした。

何が出来るわけでもないが、何もしないよりはましだろうという考えから出た行動だった。

だが、この行動が思わぬ効果を生んだ。

私の指が彼の身体に触れた瞬間、私と彼の間で何かが“繋がった”感覚があった。

その感覚に戸惑う間もあればこそ、彼の様子が激変した。

死人の如く青かった顔色が血の気を取り戻し、呼吸も大きく深く安定したものへと変わる。

なにより、その身体に生気が戻ったのが傍目からもわかった。

「なんと……」

我知らず、驚きと感嘆の声が漏れる。次いで、安堵の息をついた。

瀕死の人間が見る間に健康になっていく様には驚かされたが、これでマスターはなんとか大丈夫だろう。

召喚されてすぐにリタイアという事態は避けられそうだった。

あとはマスターが起きるのを待てばいいのだが、

「そう、のんびりとはしていられないようですね」

こちらへ近づいてくるサーヴァントの気配を察知した。

このままならば、すぐにでもこの場所へたどり着くだろう。

私は未だ目を覚まさないマスターの身体を物陰へと隠し、敵サーヴァントの迎撃へと討って出た。

 

 


Fate/possesserの第四話をお送りいたしました。

は、話が先に進まない(汗。もっととんとん拍子に進ませたいのですが……。

よしっ、次回の更新はいきなり最終話「士郎、暁に死す」をお送りすることにします。…………いや、ごめんなさい。うそです。

そんなことしません。一つ一つ伏線をばら撒いて、それを回収しつつ終わらせるつもりです。

当面は、伏線をばら撒き散らすことになると思います。

それでは、ここまで読んでくださった方にお礼を。こんな稚拙なSSに付き合っていただき、ありがとうございます。

よろしければ、これから先もお付き合いください。

 

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