「…………っ」

意識が闇から浮かび上がると同時に、胸に鋭い痛みが走った。

思わず胸を手で押さえ、その感触に違和感を覚える。なにやら、服が湿っているような……。

見てみると、確かに胸部を中心として制服に染みのようなものがついていた。

あいにくと辺りは薄暗く、その染みの色まではわからない。

こんなものどこでついたっけなー、と染みをこすっていると、また胸に痛みが走った。

「っ! ……思い出した」

痛みが引金となったのか、停滞していた頭がようやく動き出す。

そして思い出す。先程ここで起きたことを。

赤い男と青い男の超人的な闘い。俺は何故かその2人の方へ一歩踏み出し、自ら危険に踏み込んでしまった。

我に返り、逃げだす俺。追ってくる青い男。

そして追いつかれ、抵抗空しく槍に心臓を貫かれた――、

「――って、何で生きてるんだ、俺?」

普通、人間っていうのは心臓を貫かれたら死ぬものである。っていうか、心臓を貫かれて生きていたら、

それは人間じゃなくて何か別のナマモノだと思う。そして、その別のナマモノになりそうな俺。

慌てて心臓の辺りに手を当ててみる。これでぽっかりと穴が開いてたら嫌だなー。

もちろんそんな事は無く、身体には何の異常も無かった。穴が開いてたなんて信じられないほど綺麗なものだ。

だが、今は異常が無い事こそが異常。確かにこの身は槍で貫かれたのだから。

槍が心臓を貫く冷たい感覚も、血が抜けていく薄ら寒い感覚も、はっきりと覚えている。

あの出来事を夢と思うには、その感覚は鮮明すぎた。あれだけ鮮明な感覚を伝える夢を見たことなど一度も無い。

それに、例え鮮明な痛みを伴う夢があったとしても、

「――ッ」

胸に走るこの痛みが、夢などという甘い戯言を否定する。

故に、先程の出来事はまぎれもない現実。俺は、人の形をした人外の存在に一度殺された――。

「……ったく、ヘビーな現実だ」
                お         れ
思わずため息が出る。衛宮士郎も羽山煉迦は普通の奴よりは異常な経験が多いと思っていたが、今回のはその中でもとびっきりだな。

まともな抵抗すら出来ずに殺されるなんて、想像すらしていなかった。

だから、さっさと家に帰って布団にくるまりながら今日の記憶を燃えないごみに出したいと俺が思ったのも、無理からぬ事だと思う。

いや、マジで。

ただまぁ、現実逃避なんかしてる場合じゃないと思考するだけの冷静さは頭のどっかに残っていたらしかった。

「現実を在るがままに受け入れ、その上で自分の為したいことを考えろ。そうだったよな、爺さん」

俺の行動理念の基本となっている言葉。それに従い、今自分が為すべきこと、為したいことを考え――

「とりあえず、廊下にぶちまけられた血を何とかするか」

出た結論が、これだった。

 

 

 

 

Fate/possesser

第三話 召喚

 

 

 

 

廊下の掃除は、少してこずったものの滞りなく終わった。

雑巾で血を拭き取ったときは、そのあまりの量に冷や汗が出たが。あれだけの量の血を流した事は流石に無かったし。

気分的には殺人現場の後始末をしているみたいだったが、まさしくその通りだと言う事に気がついて笑うに笑えなかった。

殺されたのが自分だと言う事実も、気分の沈殿に拍車をかけた。いや、別に加害者になりたいわけじゃないが。

おまけに、動くたびに胸がじくじくと痛む。生き返ったばかりのときと比べればたいした痛みではなく、我慢できない痛みじゃない。

それでも、延々と針でつつかれるような痛みが走り続けるのはかなり鬱陶しかったが。

 

ともあれ、掃除もきっちり終わって今は衛宮邸に向かって夜道をふらふらと歩いているところだ。

重い足を引きずりながら思うのは、先程、俺が殺されたときのこと。

祖父と共に世界を巡ってきた。

正義の味方になるために、身体を鍛えてきた。

武術もどきを身につけ、強くなったつもりでいた。

正義の味方になるために、自分に出来る事は精一杯やってきたつもりだった。

 

そんなものは何の役にも立たなかった。

 

衛宮士郎の鍛えられた身体も、羽山煉迦の持つ最高の技も、あの青い男には全く通用しなかった。

これまでの人生を根本から否定されたような感覚。お前が今までやってきた努力は無意味なんだと、そう突きつけられた。

相手が人間じゃなかったとか、武器を使っていたとかは言い訳にもならない。

俺は敗北し、命を奪われた。

どういった理由でか俺は生きているが、その事実は変わらない。

「……ちくしょう」

 

そんな風に、身体よりもむしろ心にダメージを追った俺は、何度か倒れそうになりながらもどうにか衛宮邸へと帰り着いた。

玄関で靴を脱ぎ、居間へとたどり着いた俺は、身体を投げ出すようにしてその場に転がる。

身体がだるい。もう指一本たりとも動かしたくない。

そう思ったのだが、うつ伏せになった胸ポケットの辺りがやけに痛い。何か、石みたいなものを下敷きにしている感じだ。

ちょうど尖っている部分が胸に当たっていて、かなり痛い。……仕方ない。

俺は鉛のように重い身体を無理やり起こし、胸ポケットに入っている異物を取り出す。

それは、見事な細工が施された赤い宝石だった。

「あぁ、これか……」
     
この衛宮士郎には全くもって似つかわしくない持ち物は、俺が目覚めたとき傍に転がっていたものだ。

学校に転がっているには不自然なものだし、不思議と惹かれるものがあったので持ち帰ってきたんだが……。

「どっかで見たような気がするんだよな」

それも現物ではなく、写真か何かで。まぁ、雑誌とかで見ただけかもしれないんだが。

「うーむ」

宝石とにらめっこする俺。端から見たらどうだろう、とかは考えないのが吉だ。
                                                 親  父
しばらく自分の記憶と格闘していると、ふいに警報が鳴り響いた。これはたしか、衛宮切嗣がこの家に張った結界だったはず。

この家に侵入者があったとき、今のように警報で教えてくれるというものだ。
      親  父
しかし、衛宮切嗣が亡くなってから今まで、この結界が作動した事なんて一度も無かった。家に泥棒に入るような輩がいなかったからだが。

俺は痛む身体を無理やり立ち上がらせる。

今夜、泥棒がたまたま入ってきたと言う可能性が無いわけじゃないが。いや、楽観はよそう。

侵入してきたのは、十中八九あの青い男だろう。

殺したはずの人間が生きてるんだ。そりゃ、放っておく理由は無いだろう。

奴は必ず俺のところへ来る。そして、今度こそ俺を完全に殺していくのだろう。

「はっ」

上等だ。こっちだってむざむざと二回も殺されてやるつもりは無い。

とはいえ、馬鹿正直に正面から闘っても、勝負にならない事は分かっている。そして、残念ながら罠を仕掛けている時間は無い。

ならば、せめて武器を、と周りを見渡す。何かないか、何か。

まず最初に思い浮かべたのは、包丁。だが、すぐに却下する。人きり包丁ならともかく、あんな短いものじゃどうにもならない。

第一、台所まで行っている余裕は多分無い。

くそっ、何かないのか。

と、何か足に当たる感触。見れば、昨日虎――もとい藤ねえが持ってきた自衛隊のポスターが転がっていた。

なんでも豪華鉄板仕様だとかで、立派に凶器になりうる代物だ。

「……、あー」

一応もう一度周りを見渡してみたが、他に手ごろなものは見つからない。……まじか。まじですか。こんなもので闘えと?

確かに性能的にはさほど問題ないけど、だけどさぁ。もうちょっと、こう、なぁ。

正直不満たらたらだったが、だからって他に何があるわけじゃないので、観念してそのポスターを手に取る。

そして、精神を集中させ、
       トレース オン
「――――同調、開始」

衛宮士郎の記憶にある“強化”の魔術を行う。焼けた鉄の棒を脊髄に差し込むようなイメージ。

「ぐっ……、――構成材質、解明。――構成材質、補強」

激痛が走り、一瞬集中が途絶えそうになるが、無理やり繋ぎ止める。そして、
        トレース オフ
「――――全工程、完了」

何とか強化を成功させる。これでこのポスターはその辺の鉄よりは硬くなったはず。

あの青い男の槍と打ち合うには正直心許ないが、無いものねだりをしていてもはじまらない。

強化済みのポスターを構え、いつ、どこから襲われても対応できるように心を落ち着かせる。完璧なものではないが、明鏡止水の真似事だ。

一、

二、

さ――、

「っ!」

首の後ろがちりつき、それを脳が理解するよりも早く前に跳ぶ。

一瞬遅れて、俺がいた場所を何かが貫く。

そして、先程まで俺がいた場所に降り立つ青い影。

「見えていれば痛かろうと、俺なりの配慮だったんだがな」

そう告げるのは、間違いなくあの青い男だった。知らず、自分の身体に力が入るのが分かる。

さて、どうするか。武器を持ったとはいえ、まともに打ち合えば3合と持たずに貫かれるだろう事は間違いない。
                 “強化”ポスター
俺の技量もそうだが、この即席の武器じゃそんなにもたないだろう。

相手を倒す事が出来ない以上、俺に出来る事なんて逃げる事ぐらいなんだが……。
                                そこ
しかし、羽山煉迦の記憶が土蔵に行けと叫んでいる。土蔵に行けば、この状況を打破する事が出来ると、そう告げている。

直感とそう変わりない“記憶”だが、

「一日に同じ人間を二度も殺す事になるとはな。もう迷うんじゃねぇぞ」

「ほかに頼るものもない、か――!」

言葉と共に放たれた槍を、なんとかポスターで受ける。

その一撃の重さに受けたポスターが中ほどから折れ曲がったが、大丈夫、まだ使える。

一撃を防がれた青い男といえば、なにやら嬉しそうに口の端を上げていた。

「ほう、微弱だが魔力を感じるな。お前、魔術師か」

俺は男の言葉に取り合わず、土蔵へと向かって全力で移動する。

どうせあの槍を見切ることなんて出来ないのだから、受けにまわっても無駄だろう。

そんなことをするぐらいなら、一秒でも早く動くまで――!

目の前にあった窓ガラスを身体でぶち破り、庭に着地する。そして土蔵に向けて走り出そうと――

「飛べ」

その声が聞こえると同時、凄まじい衝撃が背中に走った。

「ぐはっ!?」

視界の端で景色がものすごい速さで流れていく。

土蔵の前の地面に叩きつけられ、ようやく自分が宙を飛んでいたことを悟った。

動かすたびに悲鳴を上げる身体を気合で動かし、土蔵に入ろうと扉に手をかける。

「――っ」

背後から殺気。咄嗟に手に持ったポスターを広げ、身を屈める。

槍がポスターを貫くのを尻目に、土蔵の中へと転がるようにして入る。

が、そこまでが限界だった。倒れた身体を起こそうとした俺に、赤い槍が突きつけられる。

「チェックメイトだ。魔術師にしてはがんばったと思うぜ? 生きてりゃ将来いい線までいったかもな」

何か手はないか、諦めずに考えるが、心臓の位置にぴたりと突きつけられた槍をどうにかする方法は思いつかなかった。

やばい。絶体絶命だ。

「案外お前が7人目だったのかもな。まぁ、今となってはどうでもいいけどな」

青い男が槍をゆっくりと引いていく。一瞬後に繰り出されるその槍は、今度こそ完膚なきまでに俺を殺すだろう。

対して、こちらに打つ手はない。実力差がありすぎて、この状態ではどんな奇策でも逃れられそうにない。

「じゃあな、坊主。今度こそ迷うんじゃねぇぞ」

その台詞が終わると同時、槍が迫ってくる。

迫ってくる槍がやけにゆっくりに見える。死を間近にして感覚が引き伸ばされたらしい。

スローモーションになった視界の中、考える。

 

俺は、こんなとこで死ぬのか?

こんな見知らぬ土地で?

正義の味方にもなれずに?

理由も分からないまま、何の感慨も無く殺される?

ふざけるな! そんな簡単に人を殺していいわけが無い!

そうそう何度も殺されてたまるか!

 

 

俺は絶対に、お前なんかに殺されてやるものか――!

 

 

俺が心の中で叫んだ瞬間、光が土蔵を包んだ。

次の瞬間、金属同士がぶつかり合う音がして、俺の心臓に迫っていた槍が弾き返された。

「な――、まさか本当に7人目だと!?」

叫ぶ青い男に、目の前に突如として現れた人影が“何か”を振り下ろす。

男はその“何か”を槍で受けるが、威力を殺しきれず土蔵の外へと吹き飛ばされていく。

んな馬鹿な。あの青い男を吹き飛ばすなんて、どんな威力だよ……。

驚きよりも、むしろ呆れを含んだ思考が頭をよぎる。立て続けに色々ありすぎて、頭のどこかが切れてしまったらしい。

影が振り返る。

「―――」

言葉を失った。

土蔵の入り口から差し込む月明かりに照らされたその人は、あまりに美しかった。

さらりと揺れる金色の髪。

小さな身体を包む、青い服と白銀色の鎧。

美しく整った凛とした顔に、意志の強そうな瞳。

その全てに眼を奪われた。

呆と見惚れる俺に、少女がその形の良い唇を開いた。

 

「――問おう。貴方が、私のマスターか」

 

「――マ、スター?」

 

「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した」

 

その時、何かが動き出した。そんな予感があった。

少女――セイバーとの出会い。これが、俺の運命の始まりだった――。

 


Fate/possesserの第三話をお送り致しました。

ようやくセイバーの召還です。時系列的には全然進んでいません。どうも戦闘シーンに力を入れてしまう傾向があるようで。

少しずつコメディやラヴも混ぜていこうと思ってはいるのですが……。その辺り、中々難しいものがあるようで。

更新速度が亀の如き早さになっていますが、途中で放棄する気はないので、気長にお付き合いください。

それでは、こんな稚拙な文を読んでくださった方に、多大な感謝を。

 

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