俺が“俺”になって、もうすぐ三日が過ぎようとしている。

この二日間、学校に行ったりバイトに行ったり夕飯を作ったりと、衛宮士郎として生活を続けた。

生徒会長の頼みで学校の備品を修理したり、バイトで世話になっている知り合いにからかわれたり、姉貴分と妹分と一緒に食事を取ったり、

中々に楽しかった。

衛宮士郎としてはこれまで続いてきた日常だし、羽山煉迦としてはどれも初めての経験だった。

普通の生活というのは、かくも良いものだったのかと噛み締める思いだ。

正直、居心地が良すぎて“俺”の現状の究明を忘れそうだ。なんかもう、このままでもいいかなー、とか。
                           
羽山煉迦には帰りを待つ人などいないし、衛宮士郎には悪いけど何も問題が無ければこのまま居ついちゃおうかな。

そんな風に腑抜けていた俺だったが、今現在、とてもデンジャーな状況におかれている。

物陰に隠れた俺から少し離れた場所で、槍と剣で打ち合っている危険人物が2人。

こんなのを見る羽目になるのは、衛宮士郎の運が悪い所為か、羽山煉迦の厄介事誘引体質の所為か。

ゴッド、俺何か悪い事しましたか?

 

 

 

Fate/possesser

第二話 殺劇

 

 

 

すっかり日も落ち、暗くなって寒さも増した校庭に、2人の人間が対峙していた。

その2人は端的に言って、「青」と「赤」だった。

片や青い全身タイツの上に同じく青の皮鎧を着込み、片や赤いコートに黒い皮鎧を着込んでいた。

……変態か?

まぁ、それだけならファッションと言い切れないことも無いと言い切れなくも無いと思わなくも無い。

しかし、その変た、いや、奇抜な格好をした2人は手に物騒な代物を持っていた。

青い方の人間は、不吉さを感じさせるほど禍々しい赤い槍を。

赤い方の人間は、白と黒の中華風な二振りの短刀を。

それぞれ、すぐにも相手に襲い掛かれるように構えていた。

――と、青い方が動いた。その手に持った槍で相手を貫かんと、間合いに入り突きを繰り出す。

その動きは、まさに神速――! 青い疾風と化した男の繰り出す槍は、幾重にも残像を残すほどの速さで赤い男へと迫る。

しかし、赤い男も負けてはいなかった。

両の手に持った短刀で、迫り来る無数の突きを弾き、逸らし、かわす。その動きには流水の如き滑らかさと、鋼の如き力強さがあった。

青がさらなる突きを繰り出せば、赤がその全てを防ぐ。

この2人は、間違いなく達人だった。……格好は変だが。

俺は校舎から程近い茂みに隠れてその2人の闘いを見ていた。

目は2人の動きを追おうと見開かれ、せわしなく動いている。喉はからからに渇き、全身が止めようも無く震えていた。

震えを少しでも抑えようと、拳を強く、強く握る。それでも震えは止まらなかったが、目は変わらず彼らの闘いを見続けていた。

青が攻め、赤が防ぐ。

延々と繰り返されていたその光景は、赤い男が短刀をその手から弾き飛ばされた事で終わりを迎えた――かに思われた。

しかし、青い男がチャンスとばかりに繰り出した一撃は、赤い男が手にした短刀によって防がれていた。

――なっ!?

思わず短刀が飛んで行った場所を見る。そこには、白と黒の短刀がそれぞれ突き立っていた。

次いで赤い男の手元を見る。そこには、地面に突き刺さっているものと全く同じ短刀が握られていた。

……イッツァ・イリュージョン!?

俺が驚愕している間に、2人は何かを話しているようだった。あいにくと距離が離れていたので聞き取れなかったが。

会話が終わると同時に青い男が槍を構え、何事かを告げ――空気が凍った。

青い男から凄まじいまでのさっきが放出され、離れている俺でさえ全身の毛が逆立った。

それと共に、周囲にあった何かが槍に吸い込まれていくのがわかった。

衛宮士郎の記憶は、赤い槍が周囲の魔力を吸い取っていると告げる。

何が起こるのかはわからないが、一つだけわかることがあった。

あの槍が放たれたとき、赤い男は――死ぬ。

それは記憶にあるわけではなく、勘でそう思ったわけでもない。ただ、あの赤い槍を見て、そう確信した。

俺の目の前で人が死ぬ――殺される。

そう理解した瞬間、俺の脚は一歩前に踏み出していた。

そして俺の前には青々とした茂みがあり――、当然うるさいほどの音がなった。

「誰だっ――!」

青い男がこちらを睨み、怒鳴る。その声で、我に返った。

何してんだ、俺は!?

俺は隠れていた茂みから半身を出しており、殺気を出しながらこちらを睨んでくるのは赤い槍を持った青い男。

現状を認識するが早いか、俺は校庭に背を向けて全力で走り出した。

 

*               *               *

 

走る。走る。

この身体の限界を超えた速さで校舎を走りぬける。

今の俺なら、オリンピックで楽々金メダルが取れるだろう。それほどの速さで前へ前へと駆ける。

しかし、

「よう、どこまで行くんだ」

そんなものは、青い男から見れば歩いているのとなんら変わらない――。

男の声が聞こえると同時、俺は前へと進む慣性を無理やり捻じ曲げ、横へと思いっきり飛ぶ。

一瞬遅れて、俺がいた場所を赤い槍が貫いていた。

「あん?」

青い男が眉をあげる。奴としては今ので仕留める気だったんだろう。

だが、こちらもそうやすやすと死んでやる気は無い。

とはいえ、奴の速さから逃げ切る事はまず不可能。これ以上走り続けるのは、無駄以外の何者でもない。

となれば、残る手は一つ。正面突破だ。

跳び退った状態から立ち上がり、奴と向き合う。

「っ!」

身体が震える。奴が何かをしたわけじゃない。ただそこに立っているだけで解る。格が違う。

だからこそ、震えが止まらない。

「悪いな、坊主。いけ好かないマスターからの命令でな。見られたからには死んでもらう」

そう言ってこちらに槍を向ける青い男。

あぁ、震えが止まらない。止まらない。

歓喜の震えが止まらない。

この底知れぬ強者と戦えるという事に、羽山煉迦の記憶が狂喜している。

その狂喜は、武者震いとなって全身を震わせる。

「っと!」

刹那、背筋に走ったものに押されるようにその場を飛び退く。

神速の速さで走った槍が、頬を掠めていく。頬が浅く裂け、血が伝っていく感触。

震えてばかりもいられない。拳を強く握り、大きく息を吐く。

そして身体を半身に開き、重心を心持ち落とす。

爺に連れられて世界中を回っていたときに見につけた構え。

相手の動きに合わせてどのようにでも対応できる。道場等で教える構えより、より実戦的なものだ。

これで危機を乗り越えたのも一度や二度じゃない。

正直、ナイフ程度なら楽勝。銃相手でも条件次第ではどうにかできる程度の実力は持っている。

が、さて、目の前の化け物にはどの程度通用するのやら。

相手の強さを想像するだけで、背筋に興奮が走る。自分でもある程度自覚していたが、どうやら俺はバトルマニアらしい。

自分よりも格上の相手と戦り合うのが楽しみで仕方が無い。

そして、俺より遥かに格上の化け物は、なにやら不満そうな顔をしていた。

無理も無い。本気でないとはいえ、殺すつもりで放った一撃を格下の相手に二度もかわされたのだ。奴にはかなりの屈辱だろう。

そんな俺の考えとは裏腹に、奴はにやり、と笑いやがった。

「オレの槍を二度も避けるたぁな。ただの素人じゃねぇってことか」

その言葉と笑みで確信した。こいつもバトルマニアだ。

赤い男との勝負を付けられなかった不満を、少しは使えそうな俺で晴らそうということだろう。

(上等だ――!)

右足をバネのようにたわませ、一気に開放する。

開放された力で一瞬の内に彼我の距離を詰め、俺は青い男へ肉薄する。

俺と青い男の間には、まともに突きを繰り出すだけの空間すらない。

これだけ接近すれば、奴の槍の危険性は激減する。

そもそも槍というのは間合いが広く、剣などと比べて比較的長い射程距離を誇る。反面、その長さゆえに懐に入り込んだ相手には攻撃

しにくいと言うデメリットもある。

つまり、俺が今いる場所は槍の死角。しかし、俺にとってはこの距離こそがベストな距離。

足を床に叩きつけるようにして踏み込み、その力を殺さないように膝、腰、肩と伝えていく。

 

そして拳が奴に当たる瞬間、その力を爆発させる――!

 

奴の身体が後方へ凄まじい速さで吹き飛んでいく。

今の一撃は、今までの俺の人生の中でも最高の一撃だった。

練りこんだ頸力、頸力を完全に生かすための身体の運び、そして頸力を爆発させるタイミング。どれをとっても申し分ない。

並の格闘家程度なら、反応すら許さずに必殺できるだけの一撃だった。

だが、それだけの一撃を放ったにもかかわらず、拳に返ってきたのはあまりにも軽い手ごたえ。

奥歯を噛み締める俺の前で、青い男はくるりととんぼをきって着地した。

奴の鎧の腹の部分には穴が開いていたが、奴自身は何の痛痒も感じていないようだった。

それもそのはず。奴は、俺の拳がヒットする寸前に自分から後ろへと跳んでいた。その所為で、俺の頸力の大部分が何も無い空間へと

散ってしまったのだ。

しかし、それをなした奴の反応速度は尋常なものではない。あの時、俺の一撃はプロのボクサーよりも速かった。

30cmも離れていない距離から放たれたそれを、奴はほぼ完全に回避した。一体どれだけの速さがあればそんな事が可能なのか。

いや、やめよう。結局のところ、俺の拳は奴に通用しなかった。それが事実であり――、真実だ。

「中々面白い技を使うな。俺としては完全にかわしたつもりだったんだが」

そう言って確認するように鎧の破れた部分をなでる青い男。

「なっ――!?」

その手が鎧から離れたとき、破れていた部分は跡形も無く直っていた。

驚愕する俺を他所に、奴は平然とこっちに話しかけてきた。

「さて、本当ならもう少しやりあいたいとこなんだが……。タイムオーバーだ。悪いが死んでくれや」

その言葉に慌てて構えを直すが、赤い閃光が走ったかと思った次の瞬間、

 

俺の心臓は、あっさりと貫かれていた。

 

自分の身体に槍が埋め込まれているのを見ても、痛みは無かった。ただ、身体を芯から凍りつかせるような寒さがあった。

槍が引き抜かれ、その穴から血が溢れる。それを見ても、まだ痛みはやってこなかった。

その代わり、自分の中から大切な何かがものすごい速さで零れていくのがわかった。

そう思った瞬間、神経が焼ききれるほどの激痛が襲ってきた。

「ッガ、はっ……グッ」

イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。

身体を支えている事なんて出来ず、俺の身体は床に叩きつけられた。

投げ出された手足はぴくりとも動かず、俺の意識は、激しい痛みを、感じながら、暗転、していった。

意識を失う寸前、こちらへ駆け寄ってくるダレカを見たような、そんな気がした――。

 

 


イーッ! Fate/possesserの第二話をお送りいたしましたー。

今回は戦闘シーンです。えぇ、日常とかは全部吹っ飛ばして戦闘シーンです。

つーか、あれです。日常シーンを書こうにも、生徒会長やら、弓道部部長やら、後藤君やら書ける気が全くしなかったので。

結局趣味に走りました。蒼夜は戦闘シーンが大好きです。や、単にほのぼのやラブコメが書けないだけなんですが。

まぁ、なにはともあれ、Fate/possesserの第二話、いかがだったでしょうか。

よろしければ、感想を掲示板かWEB拍手で送ってください。特にWEB拍手を熱烈希望です。

設置したはいいんですが、全然押されていないので。

それでは、読んでくださった方、どうもありがとうございました〜。

 

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