重い扉を開けるような音が耳に入る。それと共に、暗かった土蔵へと光が差し込んでくる。

「――っ」

深い眠りから覚め、浮かび上がってきた意識が、

「先輩、起きてますか?」

外の空気と、その声を感じ取った。

「……ん。おはよう、桜」

傍に立つその人物を頭が理解するよりも早く、口からは朝の挨拶が出ていた。

「はい。おはようございます、先輩」

桜はおかしそうに笑いながら、挨拶を返してくる。

―――違和感。

一瞬浮かんだ妙な感覚に戸惑う俺に、桜が言葉を掛ける。

「どうかしましたか、先輩?」

「あ、いや。何でもない」

どうも顔に出ていたらしい。目の前の光景にちょっとした違和感を感じただけで、どうでもいいといえばどうでもいいことだ。

「それより桜、ごめんな。朝の支度、手伝わないといけないのに」

そう、目の前の少女は放って置くと一人で全部やってしまうのだ。毎朝早くから来てもらってるだけでもありがたいのに、その上手伝いも

出来ないとあっては申し訳なさ過ぎる。

「いいんですよ、わたしが好きでやってることですから」

気にしないでください、と言う桜。こんな桜だから、ますます申し訳なくなる。

「せめて今からでも手伝うぞ」

何かしらの仕事は残ってるだろう。最悪、皿を出すだけでも手伝おう。

そう考え、床から立ち上がる。

――違和感。

「先輩、手伝いはいいんですけど、その前に着替えた方がいいですよ」

桜に言われ、自分の格好を見てみる。そして納得。

今現在、俺が着ているのはつなぎだった。昨日、作業中に寝てしまったから、そのままだった。

作業中についた汚れでつなぎは結構汚れている。なるほど、確かにこれで料理をするのはまずい。

というか、こんな格好で藤ねぇの前に出ていったら、何を言われるかわかったもんじゃない。

――違和感。

「確かにそうだな。それじゃ、悪いけど先に行っててくれるか。俺もすぐに着替えていくから」

何度も感じる違和感に内心首を傾げつつ、桜にそう告げる。

まだ頭が眠っている感じがするから、多分そのせいだろう。

「はい。それじゃ、ちゃっちゃと作っちゃいますね」

桜は元気に答えて戻っていった。いつもより元気が良いが、何かあったのだろうか。

――違和感。

まただ。何故だか色々なものに、いや、見るもの全てに違和感を感じている自分がいる。

形の無い不安が胸のうちに膨らむ。それを洗い流すように、息を大きく吸い、吐く。

冬の冷たい空気が、寝ぼけていた頭をすっきりさせていく。

何度か深呼吸を繰り返し、頭が完全に覚醒した頃には、形の無い不安は消えていた。そう、形の無い不安は。

覚醒した意識に浮かんだのはそんな曖昧なものではなく、はっきりとした疑問と困惑だった。

「え〜と。どういうことだ、これ?」

とりあえず、心の底からの言葉だった。

 

 

 

Fate/possesser

第一話 目覚め

 

 

 

雲ひとつ無い抜けるような青空。耳をすませば、庭の木に止まった小鳥の囀りが聞こえてくる。

そんな気持ちのいい朝、俺は混乱の渦中にいた。

「う〜む、どうしたものか」

言葉だけ聞くと落ち着いてるように思われるかもしれないが、内心はかなり酷い。今の俺の頭の中を絵にすると、タイトル「異世界の混沌」

なんてものが描けそうだ。俺に絵心は無いが。

何故、俺がそこまで混乱しているかと言うと、詳しく話せば長いことながら実は一言で済ませることも出来たりする。

即ち、《記憶が二つある》。

何でか知らないが、俺のじゃない記憶が存在しているのだ。いや、それは少し違うか。今の俺は、どちらが自分の記憶なのかわからない

のだから。

二つある記憶のうち片方は、衛宮士郎という少年の記憶だ。いや、自分のことを少年とか言うのも変な感じなのだが。話がそれた。

衛宮士郎は俺が今いる屋敷の主であり、高校生男子の平均よりも少し低めの身長に赤い髪をしている。幼い頃養父と交わした約束、

「正義の味方になる」を叶えるため日夜奮闘中、と。
            はやま れんか
もう一つの記憶は、羽山煉迦という少年のものだ。いや、自分のことを(以下略)。

羽山煉迦は衛宮士郎と同い年の高校生で、平均よりやや高めの身長に短く切られた黒髪を乗せている。幼い頃から父親に連れられて

世界中を周り、去年ようやく日本に帰ってきた。

そして今現在、俺は衛宮士郎の姿形をしている。それならば俺は衛宮士郎なのではないか、とも思うんだが……何かがしっくり来ない。

かといって羽山煉迦なのかというと、それも違う気がする。

二つの記憶を持っていて、かつそのどちらにも馴染めない。印象としては、まるで関係ない第三者か、あるいは、そう、二つの人格が混じった

かのような……。

……うむ、自分で言ってといて、それが正解な気がしてきた。俺は衛宮士郎であり、羽山煉迦でもあり、またそのどちらでもない。

いうなれば、羽宮煉郎? いや、衛山士迦か? ……いかん、ネーミングがドラ○ンボールになってる。

まぁ、名前はともかく。俺は衛宮士郎であると同時に羽山煉迦である、と。そう決めた。今決めた。っつーか、これ以上考えるのがめんどい。

外見は衛宮士郎だし、その記憶もある。だったら、とりあえず生活で困るってことはないだろう。

今の状態について考えるのは、追々やっていけば良い事だ。どうせ羽山煉迦は出席日数足りなくて留年だし。時間はたっぷり、とまではいか

なくても、それなりにはあるわけだ。

…………いや、なんか大事な事を忘れているような気がしないでもないが。ま、思い出せないって事はたいした事じゃないだろ。

さしあたって俺が今やるべきことは――、制服に着替える事だな。

 

*               *               *

 

衛宮士郎の部屋に行って制服に着替えた俺は、衛宮邸の居間へと来ていた。

この辺、記憶があるので特に問題は無かった。まぁ、部屋の私物の少なさには閉口したが。羽山煉迦も私物は少ないが、衛宮士郎ほどでは

ない。その内、部屋の模様替えをしようと思う。……どうも、その辺りの感覚は羽山煉迦のものらしい。

と、そんな俺の思考は芳しい香りによって中断させられた。桜の作った朝餉の匂いだ。その匂いを嗅いだ途端、猛烈な空腹感に襲われた。

今の今まで気付かなかったが、相当腹が減っている。そこまで空腹になるような事をした記憶は無いんだが……。朝の混乱が原因か?

何はともあれ、桜一人に任せるのも悪いし、早く飯にありつきたいので手伝うこととする。

「おーい、桜。何か手伝える事ないか?」

「あ、先輩。もうすぐ出来ちゃいますから、ゆっくり座って待っててください」

て、言われてもなぁ。

「そういうわけにもいかないだろ。何も手伝わずにいたんじゃ、桜に悪い」

「そんな。これはわたしが好きでやってる事ですから、気にしないでください」

むぅ、おとなしそうな外見に反して中々頑固だ。一度かなり強情だと衛宮士郎の記憶にもある。

しかし、このまま手伝いもせずに飯を待ってると自分がひもになったような気がしそうなので、個人的に大変よろしくない。

ここは衛宮士郎の記憶にあるとおり、少々強引にでも手伝いに入る。

「なら、せめて皿ぐらいは出させてもらう。それぐらいならいいだろ?」

その言葉に桜はあきらめたように苦笑して、

「はい。それじゃあ、お願いしますね」

……なんだか自分がだだをこねてる子供みたいに思えたが、考えてもしょうがないのですぐに思考のゴミ箱へ突っ込んだ。

作られている料理を見て、それに合う皿を食器棚から出していく。近くに来て匂いが強くなった所為か、余計に空腹感を感じる。

見た感じとても旨そうだし、衛宮士郎の記憶も旨いと言っている。うん、食べるのが実に楽しみだ。

皿もすぐに出し終わり、そんな事を考えながらぼーっと桜を眺める。

間桐桜。衛宮士郎の記憶によれば、親友である間桐慎二の妹であり衛宮士郎にとっても妹分である。朝起こしてくれて、あまつさえ朝食を

作ってもらっているというのに、特に恋人関係なわけでは無いらしい。

この関係は、事故で腕を動かせなかった頃に手伝いに来てくれたのが始まりで、怪我が治った後も何故かそのままずるずると続いている、と。

……あれか、衛宮士郎はアホなのか。いや、今は俺も衛宮士郎なわけだが。

俺から見れば、桜が衛宮士郎に恋愛感情を持っているのは一目瞭然だ。っていうか、普通はわかると思う。

俺もそんな聡い方じゃないが、さすがにわかる。……衛宮士郎よ、鈍感すぎるぞ。

まぁ、衛宮士郎も何も意識してなかったわけじゃないらしい。妹分をそんな風に見るのに抵抗があっただけで、桜を女性として見だしていた。

さすがにこれで何の意識もされていなかったら、桜があまりに憐れすぎるからなぁ。

俺がそんなことを考えているとも知らずに、桜は朝食の仕上げにかかっている。その口元には笑みが浮かび、実に楽しそうだ。
                         人生
そんな桜は綺麗で、正直羽山煉迦の記憶ではお目にかかった事が無いほどの“美少女”だった。

さて。俺の勘違いでなければ、そんな美少女からの好意を衛宮士郎(今は俺)は受けているわけで。

それ自体はとても嬉しい事だと思う。しかし、純粋な衛宮士郎ではない今の俺が、果たしてそれに応えていいものだろうか。

「先輩。朝ご飯出来ましたから、お皿に盛って並べちゃいましょう」

そんな思考は、桜の声に中断させられた。

「ああ、わかった」

まぁ、一年続いた関係がそうそう激変したりはしないと思うけどさ。その辺も追々考えるという事で。

今はとりあえず、桜の作った飯にありつくために朝食の準備に取り掛かるとしよう。腹減ったし。

 

 

追記

朝食は非常に美味だった。

……虎の悪だくみに引っ掛かったのが非常にしゃくだったが。

 


はい、そんなわけで、Fate/possesser の第一話をお送りいたしました。いかがだったでしょうか。

蒼夜は何をとち狂ったか、一次小説が終わってもいないくせにFateSSに手を出してしまいました。

いやもう、思い浮かんだり受信したりしたものを打ち込んだだけなので、プロットもくそもありません。

終わらせる気はありますが、どんな話になるかは蒼夜にも全然わかりません。

そんなSSですが、出来れば生温い目で見守ってやってください。それでは。

 

……次回は戦闘シーンを入れたいナァ。

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